3
スマッシュブラザーズの3時は戦場である。ステージの名前ではなく、文字通りの、戦場である。それでもまだ今回はパーティだからか落ち着いてるなあとピカチュウは思う。なんせいつもは早い者勝ち、悪い時なんかは全部あの大食い達に取られてひとつ、もしくは取れないときだってあるのだ。
しかたないじゃん、おいしいんだから。とは言い訳にならない。ピンクボールはいつも腹ペコである。気持ちはわからなくもない。ヨッシーの作るクッキーは絶品だし、ピーチの作るケーキはほっぺが落ちるくらいおいしいのだ。特に苺のショートケーキはピカチュウのお気に入りだ。ふんわりとしたスポンジはもちろん、甘いクリームは口の中でとろける。一度だけだが、最後に大事にとっておいた真っ赤な苺をカービィに取られて見境なく電撃を放ったことはちゃんと反省している。後悔はしていないが。
ピーチとヨッシーが揃っているときは、みんなそわそわと落ち着かないものだ。ちらちらとキッチンの方を気にしたり、わざとらしく食べたいケーキの名前を言いながらキッチンの前を通ったり。そうしておやつが出来上がったときには、食堂は戦場と化す。
だがピカチュウは知っている。ステージ外の大乱闘に負けたひと用の分もきちんと確保されていることを。でもちゃんと参加しないとなんだか釈然としないというか、しっくり来ないというか。あの壮絶な奪い合いに勝ったからこそのあのおやつのおいしさというか。DXから始まった恒例行事。今まさにようやく揃った新人達はまだおやつの時間の恐ろしさを知らないのかと思うとなんだか愉快だ。
パーティになると、ピーチの腕は猛威を揮う。今だって、テーブルに所狭しとそれは並べられている。ショートケーキ、ガトーショコラ、モンブラン、ロールケーキ……こんなにケーキばかりあってもみんな困るだろうに、よくもまあこんなに作ったものだ。
機嫌よくショートケーキをほおばりながら、ピカチュウはぐるりと辺りを見回した。見知った顔の中に見知らぬ顔がちらほらある。本当に新しくなったんだなあとしみじみ思う。マルスに似た青いマントが、大量のケーキの前でおろおろしているのを見つけた。ああほらやっぱり困ってるじゃないか、カロリーは控えめにしてるのよ、とピーチは言ったがそれでも女の子に優しくないじゃないか。いやピーチも女の子だが。ごくりとケーキを飲み込んで、ピカチュウはびっくりするほど青い影に近づいた。
「あら?あなたは…」
影がピカチュウに気づきしゃがみこんだことで、ようやく目線が合った。マルスと同じ色をした瞳。唯一違うのは、左目になにか模様が見えることか。綺麗な目だなあ、とピカチュウは思った。同時にギザギザの尻尾がピンと立つ。あまりよくないことを思いついたときの、ピカチュウの癖である。わかっている歴戦の勇者ならうげぇと顔を顰めてそそくさと逃げるが、悲しいかな彼女は新たなる挑戦者である。そんなことは知りもしない。
「初めまして。私はルキナと申します。あなたは?」
「ピカ、ピカチュウ!ピカピカ!」
「えっ」
「ピ、ピカチュ、チャァ」
「ご、ごめんなさい…ピカ語はわからないんです…」
ピカチュウは耐え切れずに吹き出した。同時に後頭部に衝撃。いたっ、と悲鳴をあげるピカチュウに、ピカじゃないんですかとばかりに目を白黒させるルキナ。ピカチュウが振り向くと、丸めた新聞紙を持ったリンクが眉を吊り上げて立っていた。あれで殴られたのか。
「新入りを弄るのも大概にしろよピカチュウ」
「だってマルスと反応が同じだったんだよ、ああ面白い」
未だにひいひい笑っているピカチュウに、喋った!?と訳も分からず混乱するルキナ。リンクはため息をついた。全くこの悪ガキは。毎回同じことを仕向けて。DX時代はマリオが叱ってくれていたらしい。あとで苺でも奪ってやると決心し、リンクはルキナに軽く頭を下げた。
「うちのピカチュウが悪いな、ここにいる連中はマスターハンドっていう神のおかげで全員言葉は通じるようになってる。さっきのはただの悪ふざけだ」
「そ、そうなんですか…?いいえ、こちらこそ変に狼狽えてすみませんでした」
まだまだ修行が足りませんね、と眉を下げたルキナに、なるほど確かにマルスに似ているとリンクは目を瞬かせた。剣技もマルスと同じなのだろうか、と腰に下げられたファルシオンを見やる。デザインは違えど、たしかにファルシオンだと直感でわかった。
「あなたも剣士なのですか?」
「ああ。リンクという。他にも弓とか爆弾とかコマとか使うぞ」
「コマ!?」
「それ乱闘じゃ使えないよね?」
無駄にいい笑顔でグッと親指を立てるリンクにピカチュウはうなだれた。自分のことを棚にあげておいて、そっちだって大概やんちゃじゃないか。ルキナはそんな二人のやりとりを見てふふ、と笑った。きょとんと向けられる二つの眼差しに、いえ、対したことではなのですがと前置きを口にする。
「想像していたのと全然違っていて…戦うための世界だと聞いたのでもっとこう、殺伐としているのかと」
「そりゃあここはそういう場所だからな」
「それに戦いじゃなくて乱闘だしね」
ルキナは乱闘したことある?とピカチュウに聞かれて、ルキナは少しだけなら、と答えた。まだこの世界に来て二週間も経っていない。同じ世界から来たルフレや英雄王と蒼炎の勇者と呼び慕っているマルスとアイクと、ほんの数回だけやった程度だ。結果は当然、数回とも負けだ。
乱闘、という単語が出た途端二人の後輩に向ける優しげな眼差しに好戦的な色が混ざったのをルキナは見逃さなかった。なるほど歴戦の勇者だ、手強そうである。ああ面白い。密かにルキナも口角を上げる。ピカチュウの頬袋から、一瞬だけばちりと電気が放出したのを、確かに感じた。
「ぜひルキナと闘ってみたいなあ」
「都合が良ければ、明日にでも」
ぱあ、とピカチュウの目が輝いた。ルキナとしても、この小さくてかわいいピカチュウがどう闘うのか見てみたかったので断る理由はない。リンクが「俺を忘れるなよ」と膨れっ面で割り込む。
カンカン、と音がした。音がした方を一斉に向く。二人の目からすぅと戦士の色が消えた。おやつの補充をしていたヨッシーが困ったように眉を下げて口を開く。
「クッキー売り切れました〜」
「え、嘘!ぼくまだ食べてなかったのに!」
「残念だったな、こういうのは先に取っとくものなんだよ」
ピカチュウはぎり、と歯を噛んだ。ヨッシーのクッキーは砂糖をたっぷり使った甘いものと、甘さ控えめで果物の果汁がすこし入ったものの二種類がある。甘いものが苦手なファイターでも食べられるように、とルイージさんと一緒に考えたんです。えへへと空になったお皿を前に浮かべていた嬉しそうな表情をまだ覚えている。ちなみにピカチュウはどちらも大好物である。ひらりと見せびらかすように三つのクッキーを出したリンクがムカついて、ピカチュウは乱闘でも滅多に見せない早さで飛びついて二つかすめ取った。素早くルキナに一つを渡し、ああと悲鳴をあげるリンクを尻目に小さな口でひとくち。ほんのりとメロンの香りがした。
戸惑っているルキナに食べるように促す。リンクも諦めたのか、それとも後輩の前でいい先輩ぶりたいのか、残った一つを口に放り込みながら食えよ、うまいぞとやけに優しい声で促した。礼儀に失礼しますと断ってから、恐る恐るぱくり。とたんにぱぁと輝く二つの青色に思わずリンクと顔を見合わせて笑う。が、途端にリンクの顔が無表情になり、口パクで「後で覚えてろ」と言われ勢い良く顔を背ける。
食べ物の恨みは恐ろしい。スマッシュブラザーズの3時は、たとえパーティであろうと戦場であった。
20150523
0527 加筆、修正
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