彼と熱と私(1/3)


少し、彼の様子を見てきてくださいますか?


アイザックさんに頼まれ、私は執務室へ向かうことにした。


目的の部屋へ着いたのはいいものの、手にしたトレーで両手を塞がれ、ノックができずに困っていると。


内側から小さな音を立ててドアノブが回り、扉の向こうから顔を出したのはライナだった。


「あれ、リリィどうして……あ、そうか」


私が何か一言発する間もなく、彼は私の手にしたトレイに気づき、私を室内へと入れてくれる。


「ありがとう、ライナ」


「ううん、オレもちょうど退室するところだったから。リリィも何か言ってあげてよ。カール様はオレの言うことなんか、聞く耳も持ってくれないんだから」


もうお手上げ、とばかりに肩をすくめ、またねと一言だけ残したライナは、執務室を出ていく。


その背を見送り、扉がぱたりと閉まると、叱責を含んだ声音が飛ぶ。


「何をしに来た?」


苛立たしげな台詞が投げ掛けられて、私は少し身を縮めた。今日の彼はとても機嫌が悪そうだ。


「あの、朝から何も食べてないって聞いて……」
おずおずと顔色を窺いながら口を開けば、彼は机上の書面から視線も外さずそれに答える。


「一食や二食口にしなかったところで、死にはしない」


切り捨てるような口調とは裏腹に、彼には常のような覇気がない。


どこか気だるげで、うっとおしそうに前髪をかき上げる仕草にも精彩がなかった。


体調が良くなさそうなのは、明白だ。


カールは今朝から食欲がないと言って、食事に手をつけていないらしい。


私の部屋へ訪れたアイザックさんからそんな話を聞いて、心配になった私はわざわざ彼のために食事を運んできたのだ。


「――お前が来たのは、誰の差し金だ?」


彼はため息をつきながら片手で顔を覆った。そんな横柄なカールの態度に、私はいささかむっとする。


「差し金って……みんなカールのこと心配してるんだよ」


「ふん。大方、アイザックがお前に余計なことを吹き込んだんだろう。悪いが、持って帰ってくれ。今は食事をする気分じゃない」


「余計なことだなんて……せっかく食欲がなくても食べられそうなもの作ってきたのに」
「作った――お前が……?」


ここまで会話して、やっと視線が合った。が、なんだか好き放題言われて癪なので、こちらから視線を外してやる。


「そうですよ。でも、もういい。カールなんか、知らないもん」


ふいっと横を向いて、踵を返そうと方向転換する。


「待て。気が変わった」


背中に掛かった声に、私はちょっと振り向いて彼を見た。


さっきまでこちらを見ようともしなかったカールが、まっすぐ私の方を見て、ちょいちょいと手招きをする。


それを持ってこっちへ来い、そういう意味なのだろう。


どこまでも不遜な彼に、一瞬逆らってやろうかとも思ったが、後が怖いのでとりあえずおとなしく彼の方へと足を向ける。


彼の傍近くへと寄って、改めて感じた。やはり今日の彼は普段とは違う。


いつもきりりと鋭い瞳は心なしか熱っぽく揺れているし、明らかに体調が優れない様子。


トレーを机の上に置いて、彼の座る椅子の方まで回り込み、その顔をじっと見つめてみる。

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