あたたかい手(1/3)
麗らかな昼下がり。
私は今、中庭の散策中だ。
軽快に一歩を踏み出しながら、可愛らしい小鳥のさえずりに、私は思わず即興の鼻歌を混じらせてみる。
今日はカールは所用で出掛けていて、私は意地悪をされて困ることもない。まさに大手を振って歩けるとはこのことだ。
まるで本当に羽根を伸ばすように、うんと伸びをして空気を肺いっぱいに取り込む。
それを気持ちよく吐き出そうとして、私は樹の影に一匹の猫を見かけた。
お城の中に猫がいるなんて、とても珍しいことだ。
何処から入ってきたんだろう?
じっと視線を送ると、その猫は木陰を選んで隠れるように移動している。
その姿に違和感を覚えた私は、そっとその小さな影に近づいた。
「――つかまえた!」
一瞬、びくりと身体を硬直させた猫を、ひょいと抱き上げ、私の腕の中へ納める。
「やっぱり。右足、怪我してる……」
私が怪我を確認していると、その猫は紫色の艶々した毛並を逆立たせ、唸り声を上げて私の腕から逃れようとする。
きらりとした紅い瞳からは強い拒絶が窺え、拘束されて嫌がっていることは明白。
でも、私はこの子を放っておく気にはなれない。
「ねぇ、お願いだから、おとなしくして?」
手当を、と思い傷の具合を見ようとするも、じたばたと抵抗されては満足に様子も見れない。
せめてもうひとりいれば。そんなことを思い、ある考えが頭に浮かぶ。
「そうだ、アイザックさんなら治してくれるかも!」
ごめんね。少し我慢してね。
出来る限り優しく声を掛けて、私は猫をしっかりと抱き直してから、薔薇園の方へ足を向けた。
いなかったらどうしようと思いながら歩いていたが、当てが外れてなくてよかった。
薔薇園ではちょうど、アイザックさんが花々の手入れをしていた。
今日も優しい微笑みを浮かべながら、薔薇を慈しみ世話をする彼には余念がない。
「アイザックさん!」
私が声を掛けると、彼はやっと私の姿に気づいて、次いで目を丸くした。
「どうしたのですか? その怪我は」
「あの、あっちの木陰で見つけたんです。この子、足を怪我しちゃってて。アイザックさんなら治してくれるかなって……」
暴れる猫を無理矢理抱え込みつつ、足に触れないように注意しながら私が説明すると、彼は困った顔をした。
「私が聞きたかったのは、貴女の怪我のことです」
「――え?」
「血が滲んでいます。その猫に引っかかれたのでしょう」
確かに言われてみれば、あちこち引っかかれた気がする。
とにかくこの子の怪我をどうにかしたくて必死だった私は、今頃になって痛みはじめた傷に気がつく。
猫も逃れようと必死だったのだろう。
しかし今ここにきて、あれほど嫌がって暴れていた猫はおとなしくなっていた。
「プライドの高い貴女のことだ。怪我を負った姿を誰にも見られたくなかったのでしょうが」
ため息をついた彼の、いつものやわらかい声が、少し硬質なものになる。
「彼女を傷つけてしまったのは、完全に貴女の落ち度ですよ……イザベラ」
「――すまぬ」
かすかに聞き取れるほどの小さな声は、確かに猫の口から発せられていた。
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