あたたかい手(2/3)


驚く私の腕の中から、ぴょんと飛び降りた猫は、白く発光しながら人の姿をとる。


「わたしとて、悪気はなかったのだ。別に、テラスから樹に飛び移った時に失敗したのが恥ずかしかったわけでは」


「なるほど、それで足に傷を負ったのですね」


あっという間に少女の姿になった猫、もといイザベラは少し頬を染めて呟いた。


一方のアイザックさんは、イザベラの患部に手のひらをかざし、手早く治療してみせる。


「リリィ、悪かった。わたしはその、そなたに傷を……」


「気にしないで、私は大丈夫だから。それよりも、ぎゅっと抱っこしちゃって、痛くなかった?」


イザベラは小さな女の子の姿だから、ついつい私も幼子に声を掛けるような雰囲気になってしまう。


そんな私に、イザベラは唇の端だけ上げて、外見に似つかわしくない不遜な笑みを浮かべた。


「そなたのような細腕、力を込めたとてたかが知れている。それに、わたしは子供ではない。これしきのこと、なんでもないわ」


世話になったな。


それだけ呟いて、彼女は風のように文字通り消えてしまった。


私は安堵から大きく息を吐く。


「大変なことにならなくて、よかった! アイザックさん、ありがとうございました」


「充分“大変なこと”ですよ。肌にたくさん傷をつけた貴女のその姿を見て、王子がどのように思うか」


そう言うが早いか、アイザックさんは私の身体に手のひらをかざし、癒しの力をふるった。


「あ……、ありがとうございます。確かに、ドジとか鈍いとか言われそうです」


あはは、と誤魔化すように笑うが、治療を終えたアイザックさんは簡単には誤魔化されてくれない。


「どれだけの傷を負っていたか、貴女には自覚というものがないようですね」


ふむ、と少し考えるような仕草で私を見つめる彼の、眼鏡の奥の瞳がすうと細められる。


「それでは私が貴女に“解って頂けるように”傷のあった場所を教えて差し上げましょう」


さぁ、どうぞこちらへ。


やわらかく微笑み、樹の下の木陰へ誘う彼の瞳はしかし、笑っていない。


その雰囲気に多少の違和感を覚えつつも、私は素直に彼の言うことに従った。
「まずは、腕を見せてください」


言われるまま、両腕を差し出す。


彼は私の手首を優しく取ると、もう何の傷跡もない腕に人差し指を滑らせた。


「こちらと、こちら。それからこちらの腕も」


手首に近い前腕から二の腕へと、彼の指がするすると這い上がる。


その感覚がなんだかくすぐったくて、私は引っ込めそうになる腕をこらえ、首をすくめた。


「あっ」


「くすぐったいのでしょう。ですが、腕だけではありません」


くすりと笑って、アイザックさんは傷のあった場所を教えるという作業を続行する。

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