「ところでヘア・スミス僕はどうなるんでしょうか」

ヘアとはドイツ語でミスターに当たる敬称である。
濃霧は初対面で人に匂いを嗅がれ、鼻で笑われるという奇怪体験をしたあと、エルヴィンにそう問うた。

「エルヴィンでいいよ、リンゴ。
君は客人兼要人として迎え入れようと思っている」

「…へぇ、」

少し低い声で応えればエルヴィンは屈託のない笑顔を張り付けて応答した。

「ワタヌキには此方も助けられているからね。」

ニコリと笑うエルヴィンに違和感を覚えたものの詮索しない方がいいとふみ、濃霧もニコリと笑い返した。

「ちっこいおっさん、」

その二人の攻防を眺めた四月一日は左隣にて馬を走らせるリヴァイに助けを求めた。

「なんだ、クソ餓鬼よ」

「何だか俺様達の上司の間に火花散ってるぜ」

「俺達肉体労働派には関係ない頭脳戦だ。気にするな」

「…yes.sir」

「前々から思ってたんだけどさ、そのいえっさーって何?」

後ろのハンジが横入りしてきた。

「あぁ、そうかココドイツ語だから通じてなかったんだなぁ、悪ぃ悪ぃ。
了解しました、上官って意味だよ。」

「へー、いろんな言葉知ってるんだね、今度私にも教えてよ」

「國津神の軍人育成カリキュラムには多言語理解も含まれてるからなぁ、…ありゃキツかったぜ。
教えんのとか無理だってマジで」

「アナタの多言語の成績はそれはもう酷いものでしたからね。」

教官も驚きの吸収力の無さに呆れました。

濃霧の溜め息に四月一日が慌てて訂正を入れる。

「んなっ!?先輩、それは誤解ッス!
俺様の問題点は理解力ではなく学習意欲ッス!」

「それはそれで問題です」

そうこういっている間に巨大な壁が目の前に迫っていた。

「おい、これを被っとけ」

平走するリヴァイに投げられたのは頭から被るマント。

「…あぁ、そうですね」

濃霧の髪色では目立ちすぎるので念のためである。
馬は仕方ないが誤魔化すしかない。

「その子馬小屋入るかなぁ」

ハンジのぼやきには、珍しく多数の賛成が上がった。

「そうだな、外に繋げておくしか…」

「小屋の外で構いません、エルヴィン。」

遺伝子改良された軍馬に小屋は不要である。
寧ろココに来る前に水も食べ物も与えたので帰る予定の日まで世話をやくことはない。

「便利なモノだな」

リヴァイが鼻で笑ったのをサラリと受け流す。
どうやらリヴァイに嫌われているようです、と密着する四月一日に言ってみる。

「おいおっさん、帰ったら覚えてろよ。
先輩無しじゃ寝られなくしてやんよ」

「四月一日、語弊があります」

「なんだか卑猥」

「黙ります」

濃霧とハンジに卑猥だ、卑猥と戒められたので黙る事にする。
それでもリヴァイを睨む目はそのままである。

そんなこんなしているうちに濃霧のいる陣形の先頭が門をくぐり抜け、国の内部へと入った。

「税金の無駄遣い共め」

「私の息子は!?」

「また死人か」

「成果は?」

国民達の冷ややかな目を見てなるほど、そういう国か、と濃霧の呟く声がした。

四月一日は自分の上から降る濃霧の声にそういう国ですよ、と答えた。

「先輩、俺様帰れますよね」

「…23日後、転送が開始されます。」

それまでに、揉め事を起こさないように。

「……………………………頑張ります、ハイ」

濃霧に強い目で睨まれると四月一日はソレしか言えない。

もし問題でも起こせばこの青い麗人は間違いなく青鬼に変わるだろう。
手筈よく行われないと元いた世界には帰れないのだからあたりまえだ。

チラリと隣のリヴァイを見れば感情の籠もらない目で此方を見ていた。
正確には濃霧を見ていた。
顔を捻って反対側の隣を見てみるとエルヴィンの顔は前を向いているがこちらをしきりに気にしている。
後ろからも視線を感じる。
監視されているようで気分が悪い。
濃霧もそれに気がついているのか機嫌が悪い。
四月一日は濃霧の機嫌をこれ以上損ねないように黙って前を向いた。





「改めて、私はエルヴィン・スミスだ。
君のことは私に任せてくれ。恩人に不憫な思いはさせないよ。」

「よろしくお願いします、エルヴィン」

初めはたわいもない話をしていたがエルヴィンと濃霧の間には言葉に表せないほどの緊張感が張り詰めていた。

「…さて、リンゴ本題に入ろうか」

エルヴィンの一言で部屋にいた人間、リヴァイ、ハンジ、四月一日、それから顔も知らない 恐らく調査兵団とかいう組織のそれなりに地位のある人間達の顔が引き締まった。
訂正すれば、四月一日の顔は引き締まっていない。

「何故僕が此処に来たのか、僕が何者なのか、どこから来たのか、四月一日と僕との関係性あたりですか?」

「分かってんならさっさと話せ」

リヴァイの鋭い口調と視線に美しく笑い返す濃霧は口調も笑顔もそのままで話し始めた。
隣の四月一日が若干焦りながら怒らないでくださいと小声で繰り返している。

「僕はこの四月一日を迎えに来た、とある国家の軍人です。
我々は同じ軍事国家に属す軍人であり、とある内乱制圧作戦での敵の攻撃により四月一日が異次元、つまりココに飛ばされたのでその回収の為に派遣されました。」

「国家というのはワタヌキのいっていたクニツガミという国でいいのかな?」

「すんません、先輩、成り行き上話する事になりました」

四月一日が竦み上がるほどの眼力で一瞬ギロリと彼女を一瞥し、また平時の顔に戻って続けた。

「…そうですか、まぁいいでしょう。
リヴァイには言っていますし。
そうです。僕は國津神国国軍准将です。」

「ジュンショウという地位がどれだけのモンかは分からんが…」

リヴァイは濃霧の爪先から頭までを眺めながら口を開いた。

「どうやらお偉いさんらしいな。
お偉いさんは帰るまでタダ飯食らう算段立ててるわけだ。」

「リヴァイ、その言い方は無いんじゃない?」

「そうだろが。」

ハンジの批判に低く唸るようにリヴァイが返した。
そしてその返答に応えるように濃霧の声が楽しそうに弾んだ。

「ご心配なく。

それなら出て行けばよいのです。」

「「は?」」

調査兵団側の顔が全員一致した。

「いえ、もともと出て行くつもりでしたから。
ねぇ、四月一日。」


「そうッスね。
まぁ、最悪ッスけど。」

そうですよねー。そうッスねー。と急に振られた話題に至極普通に会話する四月一日。
おいおい、エルヴィンの苦労あって処刑されなかったくせになにえらそうな事言ってんだ、とでもいいたげな表情の奴らがちらほらいる。

「僕はタダ飯食らいと言われながら肩身の狭い思いをして過ごすのはごめんですよ。
僕なら外でも十分生きていけますから。」

そう言うと、濃霧はニコニコと笑みを浮かべていた顔から一瞬にして表情を消し、声もそのままでよりも低くして座っていたソファーで足を組んで話を続けた。

「あなた方は勘違いしているようですね。
我々はあなた方よりも遥かに発展した文明から事故でやってきたんです。
その事を振りかざすつもりはありませんが、もう既に帰る手筈も整っているのです。
ですが我々には住むべき場所がない。
この四月一日はよくても僕は例え一週間でも野宿はごめんな訳です。
そこで四月一日を世話していただいた礼として交渉という形で事を進めようとしているのです。」

その話し方や態度は威圧的なものではない。
しかし知らず知らずの間に戦慄するのはやはり濃霧に逆らえばどうなるのか、本能で理解したからだろう。

「それは、脅しか」

「どうとでも受け取って下さい。
しかし、あちらならば力で奪っているものをわざわざ交渉という対等な取り引きの形にしているのです。
いえ、むしろ、こういう選択肢もあるのです。

『僕達を養うか、全滅するか』

僕達にとってあなた方の殲滅は不可能ではないでしょう。
前者の選択肢ならば、漏れなく僕達の友好の証として力を貸すと言っているのです。これはあなた方にとっても、良い話なのではないですか?

僕達なら、あなた方兵士の数十人分の働きが出来ることでしょうね。」

温厚派として通る濃霧がここまで一方的に話を推し進めるには理由があった。
それはこれからの身の振り方である。
甘い顔をしてニコニコしていれば帰るときにゴタゴタと面倒事が溢れ出すとふんだからである。
どのような人間かはまだわからないが少なくともエルヴィンは濃霧と四月一日を元の世界に帰したくないはずである。
先程客人兼要人として迎えると言ってきた時から懸念していた事態である。
そこで、予め上の立場から話をする事によって面倒事を最小限に抑える為の手段としてこのような濃霧らしからぬ振る舞いをしているのだ。
いくら少ないとはいえこの壁の中を殲滅するのはおそらく不可能である。
しかし、そう、ここでの脅しには丁度良い『戯言』だろう。

「どうされますか?」

身の振り方のための多少の摩擦は致し方ない。

「これは持論だが…躾に一番効くのは痛みだと思う。」

リヴァイの振り上げられた足は真っ直ぐ濃霧の顔を目指しておろされた。
危険と判断した誰かが間に入って止める前にリヴァイの凄まじい蹴りが濃霧の右顔面に炸裂した。

「…どうしました?
この程度で僕を痛みで″躾″るつもりですか。
それからソレは貴方だけの持論ではありません。」

僕の教育方針でもあります。  

長いポニーテールがサワリと揺れただけで濃霧はさして表情を変えずにギロリとリヴァイを睨みつけた。
常人なら顎の骨がズレてもおかしくないほどの衝撃のはずだ。

「…どうなってやがる…」

「僕だけじゃない。四月一日だって、他の國津神の軍人にもある治療が施されているのですよ。
痛みを脳からシャットダウンする為のね。
つまり、あなたがどれだけ僕の顔を蹴り上げても僕が巨人にかじられようとも痛くないわけです。」

リヴァイの足に指を這わせで脹ら脛あたりを握れば相当鍛えられた筋肉なのだと分かる。

濃霧の口の端から流れる 一筋の赤い血がなんとも扇情的にみえる。
その美しさにゾクリとしながらリヴァイは足に力を入れるが全く動かない。
己の脹ら脛あたりを掴む握力に眉を寄せた。

「つまり、お前等は化け物なわけだ。」

「1ヶ月でこの化け物じみた力を使って相当数の巨人を討伐するとお約束しましょう。」





何がしたいのか分からん。

りんごちゃんが嫌な奴に成ってきた
それからりんごちゃん、スパルタ教育。
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