夜通し聞こえた悲鳴が止んだ。

テントの外にいた國津神の兵士はその事実に胸を撫で下ろした。

捕縛した敵の将校、丸々と太って脂ぎったソイツは息も絶え絶えに命乞いをしていた。

関節とは逆に曲がった指。
赤黒く腫れ上がった顔面。
足としての役割を生涯果たせなくなった肉。
筋肉がむき出しとなるまで鞭打たれた背中。

彼にそこまでの重傷を故意に負わせた本人、濃霧は血の飛び散ったビニールシートの上でうずくまる将校を光無い目で見つめていた。

四月一日が消えた戦場に置かれた國津神軍臨時駐屯所のテントの一つの中で行われた拷問。

今の時代、手間の掛かる拷問は余り行われない。
殆どが自白剤や個人での取引によって情報を買うのが常識である。
相手が将校ならば恩を売っておくのも後々のためになるという考えからである。
しかし濃霧は眉一つ動かす事無く将校の膝にドリルを差し込んだ。
喉だけは潰さないように顔面を陥没させどれだけ将校が許しを乞い、情報を喋ろうとも暴力な止むことは無かった。

「…もう!もう、許してくれ!知っていることは話した!」

「…は?どの口が生意気な事を口走っているんだ?」  

濃霧の右足が将校の肩を捕らえ、砕いた。

バキボキバギバギ!!!

「あ″ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

耳を塞ぎたくなるような音が辺りに響く。
足の裏から伝わるソレに濃霧は鼻で笑いながら更に体重をかけ、文字通り踏みにじった。

「僕は今、非常に腹が立っている。
あまり僕を怒らせるな。」  

「…っ!!!
悪魔…め、私を誰だと…思っている…のだ…陸軍少将…ぐぁぁぉぁぁ!!!あ″ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「貴様の薄っぺらい身分なんざ知るか。
将校でもなんでも少なくとも今はタダの捕虜だ。」

そう言いながらも暴力は止まるところを知らない。

「失礼いたします。
濃霧将軍、状況の把握が整いました。」

不意に後ろから掛かった濃霧の部下の声に将校は安堵の声をあげ、濃霧は躊躇い無く銃をとりだし、将校の眉間を撃ち抜いた。

「遅い。」

「申し訳ありません、暗号解読に手間取りました。」

返り血に汚れた濃霧にタオルを差し出しながら部下は四月一日の居所の検討が付いたという旨のことを報告した。

「やはり次元を越えましたか。」

「恐らく。
四月一日大尉が消えたと思われる周辺に不自然な低周波振動が確認されています。
計測結果から、大尉が消えた頃、非常に大きな重力によって空間が歪められた形跡がありました。
周囲の物質の消滅の様子から恐らく一時的にブラックホールの一種が発生したかと推測されます。」

「…そうですか、ブラックホールが…。
って!!!ブラックホール!?」

ブラックホールとはあらゆる物質を底なし沼のやうに吸い込んで決して外には出さない天体である。
大切なことだ、もう一度言おう天体である。
その中に落ちてしまえば二度と外には出られないと考えられている、一方通行の目に見えない膜のような物である。
ブラックホール、それは太陽の何十倍も重い星の最後の大爆発の弾みで出来ると考えられている。
星の中心部には小さく重い中性子の塊があり、それが太陽の1,4倍以上になるとそれは、自身の重さに耐えきれず際限なく潰れてしまう。
これを重力崩壊と言い、その結果できるものがブラックホールである。
大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を使用した地球上でのブラックホール、人工ブラックホールの制作も無いことはない。
地球が高エネルギーの宇宙線の経路とぶつかった状態たする、つまり簡単に言えば凄いエネルギーの線上に地球が突っ込んだという状態を作ることでブラックホールを発生させるのだ。
うむ、確かにブラックホールの発生は可能だ。
しかしだ。
しかしもし仮に四月一日を襲ったステルス機がブラックホールを起こしたのだとしたら、四月一日がその人工ブラックホールに飲み込まれたのだとしたら…。
ブラックホールの吸引力は光すらも飲み込む。
全ての物質をスパゲティのように引き伸ばして吸い取るのだ。
四月一日がスパゲティになるのだ。
ふつうに考えて一溜まりもない。

「…四月一日ぃぃぃぃ!!!」

我らがりんごちゃんはスパゲティになった四月一日を想像して絶叫した。

「ですが恐らく大尉は無事でいらっしゃいます。」

そして部下の胸ぐらをつかみ揺すった。

「根拠は!?」

「グェ、はい、先程まで将軍がSMプレイを楽しんでいらした将校の話からの推測ですがブラックホールはホワイトホールと対になり幾つもの宇宙を繋ぐのではないかというカー・ブラックホール説が証明されたのではないかと。」

ホワイトホールとはブラックホールとは正反対で、その大きな爆発で、四方八方に物質が吐き出されると考えられている。
か、まだブラックホールの内部に本当に他の宇宙への抜け道があるかどうかは分かっていない。

カー・ブラックホールとは別宇宙に通じるブラックホールの事をさす。

「つまり、矢張り本当に四月一日は別の宇宙に飛ばされたということですか?
え、マシで。」

「大変有力な説となったかと。」

なにより、我が国の不死鳥は簡単には死にません、と部下はそう言った。

憎らしいほどに美しい蒼空を見上げて濃霧はポツリと呟いた。

「…並行宇宙(パラレルワールド)」

ざぁ、と風が髪を梳いて吹き抜けた。

「こんな辺鄙な発展途上国が出来たのです。
我々にも出来るのでしょう、」

その、トリップとやらが。

「僕が行きます。すぐに準備を。」


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