きっかけは何だったんだろうなんて、ふと、手遅れなことを考えてみる。
「アンタな、やっていいことの区別もつかねぇのかよ!!」
入ってまだ日の浅いクルーに、何とも憎々しげな視線を向けられたのが1週間前。何かいけない事でもやってしまったのだろうかと悩んで、しばらく経ったら、冷たい眼で見られることが多くなっていた。ご飯を1人で食べることが多くなった。仕事中にひそひそと嫌な言葉を聞くことが多くなった。
そんな時、決まって1人のナースがこっちを見て笑っている。誰にも見つからない角度で、タイミングで。
前に、マルコさんに告白したナースだった。畏れ多くも御付き合いと言うものをさせてもらっているマルコさん。私なんかがもったいないと思うくらい格好いい人だ。そりゃ惚れる人だって出るだろう。
全部を察した私は、悲しいよりも悔しさで胸がいっぱいなった。
ガンッと音がして、鍵をかけていたドアが開いた。明りもついていない自室に伸びる影は誰のものか、主を見なくても分かる。
「み、ないでよ」
「女が泣いてんだ、無視しろってのが無理な話だぃ」
サンダルの足音が近づく。「泣いてない」小さく呟いて、抱えた膝をきつく抱き直したがそれごとぐるりと抱きしめるマルコさんの腕。
「何聞いた」
「........つりあわない、とか、ぶさいく、とか、あそび、とか、私が、体、うった、とか」
「未だ清い仲なんだがねえ」
「...........」
黙り込んで、すんと鼻を啜ればマルコさんがなんとなく怒ったような声を漏らす。
「で、まさかご丁寧に一個一個信じてんじゃねぇだろうな」
「しんじてない、」
「信じてなきゃそんなにダメージ食らってねぇだろ」
痛い所を突かれた。何も言わなくなった私の目を無理やり覗き込むマルコさん。思いっきりつかんだ髪の毛が痛い。
「なまえ、お前はいい女だよい、きれーで、可愛い、遊びで手ぇ出そうもんならそのまんま骨抜きになるくらいだ」
「い、きなりなに、」
「黙って聞いとけ、んなお前と釣り合わねぇなんて俺の台詞だし、体売ってんなら喜んでいい値で買う、そん時ゃ心込みじゃねぇと話にならねぇがな、」
褒め殺しされている。今度は羞恥で泣きそうになった。耳元でべらべら囁かれる甘い言葉に呻いていれば、だから、と子供をあやす様な抱きしめ方にしたマルコさんがゆっくり呟いた。
「他の奴らに何言われても、俺だけは信じてくれ」
言葉も、気持ちも、何もかんもな、そしたら、何もなくことはねェよいと、囁いた。
3日後、誰が誰だか分からなくなるほどに膨れた顔のクルー数十名と顔面蒼白にしたあのナースに土下座で謝られた。何だったんだ。