薄暗い書庫の、数少ない明り取りの窓の下にいた賈ク様が書簡を開いて黙り込んでいるのを見つけて、肩が軽くなる思いだった。近づいて隣に座る。首を傾げるとともに悪い意味で目が細まったのはその数秒後だった。胡坐かいた賈ク様の後ろに回り、腰に腕を回す。外見判断で、自分の胴回りよりも細いのではないかと思っていたがどうやら違うようだ。
「甘えたかい?」
「いいえ、」
そんな場合じゃない。今私は胸の中で渦巻く嫌な予感を払拭しようと躍起なのだ。
「お邪魔ですか」
「いいや、視界を遮らなきゃいい」
「そうですか」
「..........ずいぶんと鼻が忙しいようだが?」
真っ暗な視界から顔を上げれば、首だけこっちに向けた賈ク様のにやけ画が見下ろしていた。本人としては優しく微笑んでいるつもりなのだろうか。スンスンと動かしていた鼻を止めて、口をへの字にする。
「今日、誰か、女性と会われましたか」
「女官に2〜3頼み事したくらいかな」
「郭嘉様と話されましたか」
「ああ、さっきね、しばらくそこらの本読んで仕事してどっかに行った」
「........さようですか」
「匂いでも付いてたか」
「ええ、賈ク様には絶対に似合いそうもない華やかな香の匂いが」
ああ、郭嘉様の物だったか。ほっとする。つっけんどんな態度をとるとなぜか嬉しそうな顔をする賈ク様の心が分からない。
無言になった賈ク様の体が少しだけ動く。斜めになった賈ク様の体を継続して抱きしめて、降りかかった賈ク様の手を頭で享受する。ここで上を向いてはいけない。脇腹の当たりに顔を押し付けた。
「くくっ」
「何を笑うことがありましたか」
「......っ、妬いてるのか? ん?」
揺れる賈ク様の体。思いっきり腕に力を籠めれば大げさにカエルのつぶれたような声を出した。
「アンタね」
「笑われれば誰だって嫌な気分になりましょう、私が誰の物かも分からぬ男物の服を羽織っていたら賈ク様はどう思われますか?」
「聞きたいかい」
「後ろ暗い言葉が一切入らないのであれば」
「あははぁ、痛いところを付かれたね、なら、俺は何も言えない」
「はぁ.......」
ため息をつけば頭から重さがなくなる。少したって賈ク様を見れば、少しだけ広げられた腕。迎え入れられるように今度は真正面から抱き付いて、無意識に膨れていたらしい頬を胸板で潰す。
「安心したかね」
「.......賈ク様の匂いがしないことが不満です」
「暫くすりゃ戻ってくるだろう、それよりも、」
「?」
「こうしてると、アンタの匂いがつくかもしれないねぇ」
「本望です」
よくよく考えれば、それはそれで嫌だなと思い至って、今のうちに賈ク様の匂いを覚えておこうと決めた