物心ついた頃から、凛久にはおかしなものが見えた。


それは目玉が1つしかない背丈が自らの2倍はあろうかと言うほどの大きな人だったり、面白おかしく跳び跳ねながらも滝のような涙を流す手弱女だったりと多種多様で、鬼太郎やベムと同じ類いの生き物であると凛久が理解したのは齢6つの時だった。彼らには総じて影がなく、足元ばかり気にしていた凛久の通常装備は猫背である。
たまぁに「食ってやるぞー」とか言って近づいてくる奴らもいたが、此方がガン無視すれば「え、見えてない? 見えてるでしょねぇねぇってば!」と焦り始め、最後には「にんげんこわい」とガタガタ震えながら去っていくので、凛久自身もとるに足らないものだと思っていた





がしかし急転直下、青天霹靂。人生は時に修羅モード及び究極モードの難易度になって牙をむくことがあると言うことを、凛久は花も恥じらう高校生になってからというもの何度も経験するようになってしまった。




「えーっと、」



ジュルリと、唾液が流れる音がする。凛久が目の前の得体のしれない化け物を無視して約2時間、諦めるかと思いきや案外しつこい化け物を無視し続けながらも何とか通学路を歩いていた。
家にこいつを連れて帰るわけにもいかず、さぁ近くの神社にでも押し付けてこようかと考えた矢先だったが、目の前でトウセンボされいかにも食う気満々な面を見せられてしまっては正直これ以上動くのは、はいどうぞと無抵抗で身を捧げるようなものだ。だがいきなり歩を止めるということは自分が化け物を目視していると認めることに他ならないと、凛久は足を止めた理由づくりに必死になっていた。



「あ、あー、シャーペン落としたー」



何でだ。落とすにしてももうちょっと自然なものがあっただろう。頭を抱えたくなるのを必死に抑えて、ポケットからわざとらしく落とした胸ポケットのシャーペンを汗だくの手で拾おうと身をかがめる。考えろ。コマンド選択画面は『戦う』『道具』『逃げる』。待ておいコラ戦うって何だ。武器傘とシャーペンしか持ってねぇぞ。
凛久としては『逃げる』を選択したいところだが、相手がパワータイプかスピードタイプ、ポケモンで表せばカビゴンかサンダースか分からない以上無策で逃げるのは得策ではない。カビゴンなら逃げられそうなものだがサンダースなら無理だ。逃げたところで一緒なら動かないほうがまだ生きる道がある気がする。



「イイ匂いがするなぁぁぁ」



怖気、というものはこういう事を言うのだろう。いい匂いって何だ。色気づいてつけたリセッシュか。いや、リセッシュの中にファブリーズ入れたんだっけ。



やばい、腰が、ぬけ・・・・






「おやおや、こんなところで何をしているんですか?」




ねっとりと、背筋を撫で付けるような声がした。へたりと座り込みながら声の方向を見れば、コンクリートの塀に立つ一人の男。ゆらゆら揺れる矢印のようなしっぽに蝙蝠に似た翼を生やしたその男は、ふわりと凛久と化け物の間に入ると腕に引っかけた布で一閃、絶叫を上げながら霞と消える化け物を見ながら、凛久の脳内はバクバクと鳴り続ける心臓を抑えることと現状整理で手一杯になってしまった。



「本当に何をしているんだか、見えないふりで見過ごせるほど、貴方の芳香は安いものではありませんよ」

「え、あ・・・その・・・・ごめんなさい、えっと・・・法正さん」

「謝罪は結構、ほら、早く帰らないと貴方のご友人が心配するのでは?」



相も変わらずニヤニヤとその顔を崩さずに凛久の横に並ぶ彼の足元に影はない。相変わらずこの男は、ため息を付きながら立ち上がろうとするも上手く立てず、状態を見かねて差し出された男の手を支えに立ち上がって大きく息をする。



「えっと、じゃあ、ありがとう」



報復メサ



法正、もとい法孝直がフルネームらしいその男は、凛久と契約をなした悪魔である



back next