お出かけ前夜

「ねぇ、笑って見せてよ」

「……なんで?」

僕の言葉に、シオリはわかりやすく顔を歪めた。
慣れてきたのか、ポツポツと敬語が無くなってきているように感じるが、特に気にせず、そのままにしている。
持ってきた粗末な食事を食べ終え、部屋の片付けをさせていた時に、ふと思い出して言ってみればこの顔だ。
話し方に態度に、とてもではないけど僕の部屋に監禁されている分際とは思えない。それも、面白いと思ってしまっているんだけどね。
ベッドに腰掛け、ちょいちょいとシオリを手招きをした。

「エコーが言ってたんだよね。シオリ様はずっと笑顔でしたって。これ、どういうこと?」

ぽいとぬいぐるみを放り投げ、いつもの場所へと戻したシオリは、あらかた片付いた部屋を満足げに見渡し、顔を歪めながらも大人しく僕の傍に来た。
僕の前ではいつもその顔だ。不機嫌な顔くらいしか見たことがない。だから、エコーから話を聞いた時は、少し驚いた。
素直に笑うシオリが想像出来なかった。こうして笑顔を見せて欲しいと頼んでいるのは、ただの興味本位だ。

「ほら、笑ってよ。」

「……ニィ」

尚も促せば、彼女は無理やり口角をあげ、目尻は指でぐいと引っ張り下げた。酷い作り笑顔だ。本当に酷い。
でもこの顔は、エコーにだって見せたことはないのではないだろうか。僕だけが知っている、ある種の笑顔か。
シオリは挑発するように顔を近づけてくる。
その顔がおかしくて、そして、なんだか必死に僕を威嚇する子猫のようにも思えて、思わず吹き出した。
肩を震わせて笑う僕を、シオリは驚いたように見ている。
想像と違った反応だったからだろうか。ムッとした表情に変わったその頬は赤い。
今更変顔が恥ずかしくなったのだろう。すっかりひねくれた表情に戻り、ぷいとそっぽを向いてしまった。
本当におもしろい。殴られたくないくせに、こうして僕を挑発する。
そして、

「ねぇ、もう1回やってよ。」

「いや。」

「ね、お願い。」

「いや!」

こうしていじめてやれば、頬を赤くして怒る。
そっぽを向くシオリを追って顔を覗き込めば、ますます顔を赤くしてすっかり背中を向けてしまった。
まるで小さな子供のようにも見えた。
でも時々、本当に稀に、立場が変わる時がある。
あたたかな手を思い出して、自分の頬にそっと触れた。

「……」

たまには喜ばせるようなことでも言ってみようか。そうしたら、君はどんな反応をするんだろう。
不貞腐れる背中を見つめながら突然そう思い、僕は声をかけていた。

「いいの?そんな態度で。
外に連れてってあげようと思ったんだけどなぁ。」

「え!?」

言えばシオリはバッと振り返った。
その目はキラキラと輝き、だがまだどこか疑いの色を含んでいる。
「嘘じゃないよ」と言ってやると、先ほどの作り笑顔でない、今度は本当の笑顔を浮かべた。
ぱっと花が咲くような、無邪気な笑顔だと思った。

「やった!」

僕は少し、拍子抜けしていた。まさか、こんなにすぐに笑顔を見ることができるとは思っていなかったから。
ただなんとなく、喜ばせれば笑ってくれるだろうかと考えたのだが、なんて呆気ない。
シオリは本当はきっと簡単に笑うのだろう。僕が相手だから、笑わないだけで。笑うとそんな顔になるんだね。
わくわくと喜びを顕にするシオリを、頬杖をついて眺めた。

決行は明日だ。
ほんの気まぐれで言ってみたのだが、少しくらい外に出したって平気だろう。彼女だって本当の子供じゃない。
僕が目を離さないようにしていれば、そう簡単にはぐれることもないだろう。
あとはたくさん脅して、逃げようなんて馬鹿なことは考えないようにすれば。

「この隙に逃げよう。……なんて考えないようにね。」

「……」

君は僕の大切な駒なのだから。
ニコリと笑っていえば、シオリの表情が少し強ばったように見えた。逃げようと、思っていたのだろうか。
それならば存分に脅してあげる。僕の領域から出ようだなんて愚かなことを考えられないくらいに。
警戒心もない、自分の身を守るすべも無い。そんな女が1人、夜の街に投げ出されればどうなるか。

「逃げ出して、逆に無事でいられると思わない方がいい。ここはそんなに優しいところじゃない。
一晩外で女が1人、夜を明かそうものなら、捕まえられて売られるか、使い物にならなくなるまで体を触られるか……、もしくは、殺される。」

「……わかってます。」

ふとシオリの纏っている雰囲気がかわった。つい先程まで、無邪気に、ただ外への期待をふくらませていただけだったのに。
まるで本当に、その世界を知っているかのような、そんな雰囲気だ。
シオリはたまに、大人びた、否、そんな言葉では表せない、達観的な表情や考え方をすることがある。
今もそうだ。それがどういう意味なのか、何があったのか、聞き出すつもりはないけれど。
いずれにせよ、この様子であれば、恐らく自らいなくなることはないのだろうか。

「それじゃあ明日、楽しもうね。」

「うん。」

気を取り直して声をかければ、シオリはまた少し笑顔を見せた。
その事に僅かながらにほっとしている自分に気づき、よくわからない感情だと咄嗟に蓋をする。
だが、たまには機嫌を取ってみるのもいいのかもしれない。なんとなく、ただなんとなくの気分で、僕はシオリに提案した。

「お菓子買ってあげるよ。」

「!、チョコ、食べたいです。」

その瞬間、瞬く間に瞳を輝かせる姿に、思わず吹き出した。
僕の様子を見て、はしゃぎすぎたか、と態度を改めようとする姿も面白い。
どうやら、甘いものは好物らしい。今まで質素な食事しか与えていなかったからというのもあるのかもしれないが。

「今日は早く寝よう。」

小さく呟かれたその言葉は、確かに明日を楽しみにしているもので。
その様子を眺めながら、僕もほんの少しだけ、明日の外出に想いを馳せた。













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