わからない、気持ち

「私はね、小さい頃、両親に捨てられちゃったんだ」

「……うん」

昔を思い出すように、目を伏せた。
オズは、静かに私の話に耳を傾けている。

「妙に優しかったんだよね、その数日。
ある日、『出かけるよ』って言われて、両親と一緒に車に乗ったの。
山奥に入っていってね、私バカだったから、ピクニックに行くっていう両親の言葉を信じて疑わなかった。」

ガタガタと、舗装されていない道を行く車。浮かれていた私は、その事に何の違和感も抱かなかった。
そして、ある所まで来ると、両親は私に言うのだ。「忘れ物をしたから取ってくる。シオリはここで待っていて」と。
頷けば、両親は私の頭を軽く撫でて車へと乗り込み、そして、

「それから、戻ってくることはなかった。」

「……」

「なんでそんなことをしたのか、どういう理由があったのかはわからない。
まぁ、元から仲のいい家族ってわけでもなかったんだけど、なんで仲が悪いのかなんて、子供心ながらに聞いちゃいけない気がしてさ……
山奥に街灯なんてないし、夜は真っ暗。おかげで暗所恐怖症になっちゃって。暗いところにいると、震えが止まらなくなっちゃう始末だよ。
奇跡的に見つかったから、こうして生きてはいるけど、両親は結局見つからなかったし、身元不明の子供が満足に暮らせるほど、私の周りの世の中は甘くなかった。」

「けどまぁ、」と声を明るくして顔を上げる。
オズは私の突然の変わりように驚いたようで、パチリと目を瞬いた。

「ここまで成長できたんだから、きっと贅沢な悩みだよね。
友達がうまくできないのも、家族をのような人を見つけられないのも、私の性格にだって問題はあるはずだし。
だからもう、ちょっと諦めたつもりだったんだけど……
昨日は少し、いろいろあって疲れてたのかな。自分でも気持ちを抑えきれなかった。」

「……そっか。」

オズはそれだけ言って、それから、薄く微笑んだ。

「迎えに来てくれるといいね、ヴィンセント」

「……うん」

少しの期待と、たくさんの不安。迎えに来てくれるなんて思わない。
思うだけ、来なかった時に悲しくなるし、なにより、逃げたと勘違いされていてもおかしくないから。
私とアイツの関係なんて、とても細い糸のようなものだ。 少しの衝撃でもプツンときれてしまう。

「……」

でも、それでも、「待っていて」と言われたんだ。
その言葉が、どうしようもなく怖くて、そして、嬉しかったんだ。

「期待せずに、待ってるよ」

そう苦笑した時、おもむろに玄関のドアが開いた。
そして、

「シオリ」

「……!」

入ってきたギルさんの後ろに、見覚えのある金髪が見えた。ハッと息を飲み、呆然として彼を見る。
まさか、と思った。まさか、本当に来てくれるなんて、と。
私と彼を繋ぐものはこの私が持っている不思議な力しかない。言うなれば赤の他人で。家族よりも、ずっとずっと、細い糸。
仮にもいいつけを破った私を、もう迎えには来てくれないかもしれないと。そう期待しすぎないようにしようと、思っていた。
どうしてきてくれたのだろう。何故、私なんかを迎えに来てくれたのだろう。迎えに来てもらったら、どんな顔をすればいいのか、なんて言葉を発すればいいのかわからない。
「どうすればいい?」そう聞きたいが、うまく言葉が出てこない。焦ってただオズを見れば、彼は笑顔で頷いて見せた。

「シオリ、」

名前を呼ばれて目を戻せば、ヴィンセントと目が合う。
彼の表情は無で、何を考えているのかは分からなかった。
考える余裕もなかった。

「帰るよ。」

その言葉を聞いた途端、喉がきゅっとしまった。鼻の奥がつんとする。
あぁ、なんだ、私。泣きそうなのか。
迎えに来てくれた。それは、私がそこにいてもいいと、認めてもらえたということ、なのだろうか。はじめて、帰る場所が、居場所が、証明されたような気持ちで。溢れそうになる何かを、唇を噛んで耐える。
どうして、こんなにも嬉しいのだろう。待っていたんだ。ずっと。この時を。

「うん……っ」

小さく、かすれた声で頷いた。




帰りの道中、外は酷い雨だった。さっきまではあんなに晴れていたのに。きっと通り雨だ。シオリは、黙って僕の後について歩いていた。
何をいえばいいのか、わからないようだった。それは僕も同じだ。
ギルが珍しくナイトレイ家に帰ってきたと思ったら、「シオリを預かっている」と、そう言ったのだ。
シオリを見つけてから今日までのことを教えられ、ひどい怪我を負ったことや、それを4日でほとんど回復させたことなどを聞いた。
シオリが生きている。それだけでも驚いたというのに、その回復力、そして、シオリが僕のところに帰りたがっていると伝えられた時には、僕の頭は混乱した。
逃げたのであれば、そんなことを言うはずがない。僕を錯乱させるための罠だろうか。それとも、そう言っておけば、その話が僕に伝われば悪い印象は与えないと思ったのだろうか。
どうせそんなところだろうと、そう思っていたのに。シオリを迎えに行った時、その考えも否定されたように感じた。
僕を見たシオリが、見たこともない表情で、笑ったから。
歪んだ口元、寄せられた眉。今にも泣き出しそうで、笑いだしそうなのに、それを必死に耐えているような、そんな表情だった。
本当に、彼女は僕のところに帰りたかったのか。何故。
軟禁をして、暴力を振るい、ろくに食事も与えない僕のところに、帰りたいと思うはずがないのに。

「ねえ、」

「……」

「ありがとう」

そして今、放たれた言葉に思わず振り返った。
雨はますます勢いを増し、窓を打つ。雷がゴロゴロと音をたてた。僕の部屋に着き、ドアが閉じられた瞬間だった。

「迎えに来てくれて、ありがとう」

もう一度、シオリは言った。
その感謝の言葉を、僕は受け止めることはできなかった。理解することは、できなかった。
思えば、僕は彼女に振り回されてばかりだ。僕の感情の起伏は、彼女の行動によって変わる。
シオリが死んだと思っていたこの4日間。普段の生活に戻っただけだというのに、物足りなさを感じた。
ちょっかいをかければ、面白い反応を返す彼女は、ただの僕の玩具。
イライラした時に怒りをぶつけるための、ただの玩具。表情をコロコロと変える、温かい手の、玩具……だったはずなんだ。

「それだけ。」

ポツリと呟いたシオリは、そのまま荒れ放題の僕の部屋を片付け始めた。
シオリがいない間、もちろんエコーは部屋の掃除をしていたが、間に合わないこともままある。シオリが来てからと言うもの、その役を常に僕の部屋にいる彼女がしていたため、今、部屋は荒れたままの状態だった。

「……」

再び、沈黙が訪れる。雨と雷の音が、やけに耳についた。
シオリは僕をどう思っているのか。僕は、シオリを、どう思っているのか。わからなかった。

「なんで、逃げなかったの?」

「え……?」

だから、質問をぶつけた。手を止めたシオリは、目をパチリと瞬いて僕を見る。
そして、考えるように、目を伏せた。

「……待ってろって、言われたから。」

「……」

「迎えに来て欲しかったの。私を、迎えに来て欲しかった。
……ヴィンセントに。」

「だから、待ってた。」そういう彼女を見て、何故かとても、胸が締め付けられた。この気持ちはなんなのか、わからない。ぎゅっと心臓を掴まれたような、そんな感覚に戸惑う他ない。
思えば、名前を呼ばれたのは初めてではないだろうか。
「ヴィンセント」と彼女の口から放たれた時、言いようのないムズ痒いような感覚。
シオリの考え方が、普通のものではないことはわかる。「普通」なら、こんなところには帰りたくないと、思うはずなんだ。

「意味が、わからない」

そう言えば、シオリは再び目を伏せ、そして、僕を見た。

「じゃあ、なんであなたは、私を迎えに来てくれたの?」

ハッとした。何故、なのだろうか。
力を利用したいから?否、そうじゃない。それは、取ってつけたような最もな意見ではある。でも、そうじゃない。
シオリはただの玩具。もしそうなら、代わりなんかいくらでもいるはずだ。
わざわざ、僕の足で迎えに行く必要なんかない。迎えだって、必要ないかもしれない。それでも僕は、シオリを迎えに行ったのだ。

「わからないんだよ。」

黙り込んだ僕に、シオリは言った。

「私にも、たぶん、わからないんだよ。」

そう言ったシオリの後ろの窓に、雷がピカリとうつった。









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