敵か味方か

「……ん、」

「あ!起きた!
ギル!女の子が起きたぞ!」

ゆっくりと目を開けた。ぼんやりとする視界のなか、目だけで周りをうかがう。
どこかの部屋らしい。見覚えはないため、万が一にもヴィンセントの元に帰ってきたわけではなさそうだ。その事実にまず、落胆した。
私が目を開けたことに大いに喜んでくれている男の子は、誰なのだろうか。ギル、というのは人の名前だろう。
恐らくその人を呼びに、部屋を出ていった男の子を見送った。
助けてくれたのだろうか。それとも、あの襲ってきたバケモノのように、私を攻撃するためにここに連れてきたのか。

「……っ」

あの光景がフラッシュバックして体が震えた。逃げなければ。と思った。もう、あんな怖い思いはしたくない。
なのに、体中の痛みで思うように動けなかった。ただベッドの上でもぞもぞと蠢くことしか出来ず焦りが加わる。
ふと布団の中の体を覗きみれば、体中包帯だらけだった。
右腕と左足は、木の棒とともに包帯に巻かれており、恐らく骨が折れているのだろうと思う。
痛みはあるものの、なんとか動かせる左手で顔に触れれば、頬にはガーゼ、頭にも包帯が巻かれていた。

「無理に動かない方がいい。
怪我もそうだが、3日間眠り続けていたんだ。うまく動かせないだろう。」

「ここ、は……?」

「ギルの部屋だよ。」

先ほど部屋を出ていった男の子が、男の人を連れて戻ってきた。ギル、と呼ばれた男の人に目を向ける。
その顔はどこか、彼を連想させた。顔立ちや目の色。よく似ている、と思った。
そうだ。ヴィンセント。その似通った顔を見て改めて思い出す。彼はベンチに私がいないことに、気づいたのだろうか。気づいたのならきっと、待っていなかった私に腹を立てていることだろう。逃げ出したと、勘違いしているだろう。
まだ、間に合うかもしれない。まだ、迎えに来てくれるかもしれない。ちゃんと、あの広場に、もう一度、私が行けば。

「帰ら、なきゃ……っ」

「!、何言ってるんだ!その体じゃ無理だよ!」

「でも……っ」

起き上がろうとする私をベッドへと押さえつける男の子。
「家の場所を教えてくれたら連絡する」と言ってくれたが、場所なんかわからない。どう説明すればいいかもわからない。ただただ、あの広場に帰らなければ。あの広場で待つ。それしか、私にはわからないんだ。

「ここに来てまだ日が浅いのか?」

家の場所を聞かれたところでうまく答えられない私に、ギルさんがベッドのそばにしゃがみこみ声をかけてくれた。
悪い人ではない、のだろうか。さっきからずっと、私にとても親切にしてくれる。
ろくに返事をしないのも申しわけなく思い、ギルさんの問に小さく頷いて見せると、ギルさんは「そうか」と考え込んでしまった。
他に場所を探す手がかりになりそうなものを考えているのだろうか。

「なら、家の人の名前は?」

今度は男の子が尋ねた。
フルネームはわからないけれど、「ヴィンセント」と答えれば、2人はその表情を固める。心当たりがあるらしい。
あれだけ大きなお屋敷に住んでいれば、多少有名ではあるのだろうか。
だが、まだ断定するには早い。ヴィンセントの特徴を聞かれ、私は彼をぼやぼやと思い出した。

「金髪で、髪が長くて、オッドアイ……あと、」

彼の特徴を少しづつ並べていく。外見的特徴で言うと珍しいのではないか。と思うものの、こちらの世界の人達は皆煌びやかで私の価値観とは異なってくるため、もう少し何か特徴は無いかとひねり出す。

「あと……?」

「鬼畜……」

促されるままに、外見の特徴では無いものをあげてしまったが、

「何故だろう。核心に触れた気がする……」

そう言って男の子は頭を抱えてしまった。どうやら私と彼らが思い浮かべている人物は一致したようだ。
よかった。これで帰れるかもしれない。と、1人安堵したのだが、2人の苦々しい表情に気づいた。
知り合いなのは間違いないようだが、これは知り合い以上の何かがありそうだ。ヴィンセントのことだから、恨みの一つや二つ、軽く買ってはいそうだとも思ってしまう。でも、まさかこんなところでその相手に出会ってしまうとは。
少なくとも現時点では間違いなくこの人たちは私を助けてくれた。奇跡的に優しい人たちに巡り会えたのに、その助けた相手が憎い人間の仲間だなんてわかった暁には、この体のまま外に放り出されてしまうだろう。

「ごめんなさい……
やっぱり私、今すぐここから出ていくので……」

それなら放り出されて酷い目に合う前に、自分から出ていった方が幾分かマシかもしれない。そう思い体を起こす。

「いや、お前が気に病むことじゃない。
寝ていろ。無理はするな。」

だと言うのに、ギルさんは私の肩に触れ、ベッドへと押し戻した。この人たちはすこぶるいい人らしい。
見ず知らずの、しかも仲違いしている側の人間に、ここまで優しくしてくれるだなんて。
その素直な優しさがあたたかくて、嬉しくて、そしてなんだか恥ずかしくて、私は左手でシーツを引っ張りあげた。

「ただ、一応いくつか確認させてくれ。」

「わかりました。答えられる、範囲なら……」

彼らになら、自分のことを教えてもいいと思った。
素直に返事をすると、ギルさんは小さく頷く。

「お前とヴィンセントの関係は何だ?」

「え、うーん……」

と思ったのだが前言撤回。さっそくどう答えればいいかわからない質問をされてしまった。
うんうんと悩み始めた私を、ギルさんは黙って見つめている。
このままするりと応えられないと、怪しく思われてしまっても仕方がない。どうにかして、何かを答えなければ。
とはいえ、私はトリップしてきたかもしれないんです。なんて突拍子もないことを言っても怪しさは増す一方だろう。
どこまで言って良いところなのかまったくわからないけれど、上手く伝えられずに追い出されてしまえば、それこそ死の宣告をされたようなものだ。

「わ、私も、よく、わからなくて……
うーん……、ずっと、彼の部屋に軟禁、されてて……」

「軟禁……?逃げてきたのか?」

「いや、そういうわけではなくて……、な、なんて言えばいいのかな……
ヴィンセントとの関係は、自分でもよくわかってない、というか……」

説明しながら自分の頭もこんがらがってきてしまった。予想以上に上手く説明出来ない。
目の前の男の子とギルさんは、案の定理解出来ていないようで、眉間に皺を寄せている。
何かを隠して説明をしようとすると、わけのわからないことになってしまう。洗いざらいすべて吐き出した方が、まだ伝えられるのかもしれない。ただ、信じて貰えるかわからないけれど。
同時にしゃべる度に体中が痛み、とても長時間の質疑応答に耐えられる気がしなかった。
腹をくくって、私の身に起こったすべてを話す。これが1番の得策であると判断した。

「ごめん、なさい。今の全部、忘れて……
もう一度、1から全部、話すから……」

ふぅ、と息を吐き出す。
なんとか、信じてもらわなければ。このへんてこな身の上話を。



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長くなったのでここで一旦切ります!

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