Challenge a new life.
由乃ちゃんはすごい。小学生の頃に同じクラスになって以来、私はずっとそう思っていた。
頭もいいし、運動もできる。料理もできるし、なによりすごくかわいい。それに比べて私は……。成績表を見ればひたすら並ぶ二重丸。唯一体育だけが全部三重丸だけれど、それだけだ。私の成績はいたって普通。中の中。顔だって大して可愛くないし、取り柄と言えば最近市の大会で準優勝した空手くらいか。
でも、由乃ちゃんを見ているとたまに思うことがある。チラと彼女の方を見てみると、やっぱり由乃ちゃんの笑顔は偽者のような気がした。どうして、そんな笑い方をするのだろう。学校、楽しくないのかな。そりゃあ、楽しいものではないかもしれないけれど、友達と一緒にいる時とか、休み時間とか、体育とか……それくらいは、私は楽しいって思えるんだけどな。
そんなことを思っていたある日だった。図工の時間、隣の人の似顔絵を描く事を言い渡され、私は隣の席に目を移した。隣の席の子は昨日から風邪で休んでいる。私はどうすればいいのだろう。ぐるりと教室を見渡せば、由乃ちゃんの隣の席の子も休んでいた。
「じゃあ、今日だけ詩織ちゃんと由乃ちゃんでペアになりましょうか。」
「はーい。」
私はちょっとした優越感に浸っていた。由乃ちゃんは人気者だ。普段遠目から眺めることしか出来ない彼女を、少しの時間だけど独占できるのだから。男子からの羨ましげな視線を浴びながら、私は由乃ちゃんの隣に移動した。
「よろしくね。」
「うん、よろしく。」
そう言って、由乃ちゃんは笑った。やっぱり、その笑顔は本当に笑っているようには見えない。どうしてかは、わからないけれど。
それきり私達は黙ってお互いの似顔絵を描き始めた。でも、せっかくこんなに近づけたんだ。何か、お話したいな。そう思って、私は小声で由乃ちゃんに話しかけた。
「由乃ちゃんはさ、学校楽しい?」
すると、由乃ちゃんはチラと私を見てから「うーん」と唸った。やっぱり、楽しくないのかな。だからあんな笑顔なのかもしれない。先生に怒られてしまうから、お互い手は動かしたまま。由乃ちゃんは絵に目を向けながら、「お家にいるよりは楽しいよ」と答えてくれた。お家は楽しくないのかな。でも、家に帰ってもお母さんに宿題しろと怒られるだけだし、私も楽しくはないな。友達といた方がずっと楽しいもんね。
「そっかぁ。
何してるときが1番楽しい?」
「……詩織ちゃんは?」
「私?」
まさか質問が返ってくるとは思ってなかったから、私は少し目を丸くして手を止めた。由乃ちゃんを見ると、相変わらず絵を描いている。私は、もちろん休み時間と体育だ。そう伝えると、由乃ちゃんは「詩織ちゃんらしいね」と言って笑った。「詩織ちゃんらしい」なんて、由乃ちゃんが私なんかをちゃんと見てくれているんだと思って少し嬉しかった。
「私は授業が好き。
国語とか、算数とか……」
「えー!さすが由乃ちゃんだね。
勉強好きなんだ。」
「違うよ。」
そんなのじゃないよ。勉強は嫌い。
呟くように言われた言葉を何とか聞き取った私は、目をパチリと瞬いた。じゃあどうして授業なんか好きなんだろう。ずっと1人で、話すことも出来ずに座っていることしかできないのに。気になったけれど、私は聞かないでおくことにした。なんだか由乃ちゃんが、聞いて欲しくないように見えたから。
やっぱり由乃ちゃんは不思議だ。私にはわからない、大人の人みたいな雰囲気を感じる。
でもよかった。いつも偽者の笑顔の由乃ちゃんだから、学校が楽しくないのかと思っていたけれど、そういうわけではないんだ。
「楽しいなら、ちゃんと笑えばいいのに。」
「え?」
絵に色鉛筆で色を塗りながら私が言うと、今度は由乃ちゃんが手を止めて私を見た。すごく、びっくりしているみたいで、目がまん丸になっている。
私は由乃ちゃんから絵に視線をうつした。もうちょっとで絵が出来上がる。うん、我ながらいい出来だ。
「なんだか由乃ちゃんの笑顔、いつも本当の笑顔に見えなかったからさ、学校楽しくないのかなって思ってたんだけど、そういうわけじゃないんでしょ?
だったらもっと心から笑えばいいのに。こんな風にっ」
出来上がった絵を由乃ちゃんに見せる。私が描いた由乃ちゃんは、満面の笑みを浮べていた。はっと目の前の由乃ちゃんが息を飲んだ。その後、ついと俯いてしまった由乃ちゃんに不安になる。私、いらないおせっかいをしてしまったのだろうか。
「えっと……、由乃ちゃんすっごく可愛いのに、もったいないなって思って。
きっと本当に笑ったらもっともっと可愛いよ!ねっ!」
「……うん。
ありがとう、詩織ちゃん。」
嫌がられてしまったかもしれないと、慌てて私はそう付け足した。本心からだったけれど、なんだか嘘っぽくなってしまった気がする。
でも、次に顔をあげた由乃ちゃんは、頬を赤く染め、本当に嬉しそうに笑っていた。
それからだ。由乃と私が仲良くなったのは。自分で言うのもなんだが、由乃は私に依存していた。そして私も、徐々にそうなっていった。
私が由乃を好きだと自覚したのは中学1年生の時だった。由乃から好きな人が出来たと打ち明けられた時、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。震えそうになる身体と声を押さえ込み、やっと「応援するよ」と口にした私は、急いでその場を去った。悔しかった。悲しかった。怖かった。寂しかった……。
でも、天野君を恨むことは出来なかった。あんなに由乃に想われる天野君を見て、嫉妬することは何度かあったけれど、天野君は私がいない時に由乃を救ってくれたから。それに、天野君を追いかける由乃は、なんていうか、すごく女の子らしくて、すごく、可愛かったから。
だから、これから由乃が天野君のために命をかけたサバイバルゲームに参加するとしても、そのせいで、関係のない私の命も危ないとしても、私は由乃についていく。そう心に決めて、由乃を見据えた。
「さすが詩織。このこと、信じてくれるんだね。」
そう言って笑った由乃の手にあるのは彼女の携帯電話。そこに書かれた天野君に関する日記は、彼の未来のことを綴っていた。俄かには信じられない出来事だけれど、由乃はこんなくだらない嘘はつかないだろうから。
私はコクリと首を縦に振った。
「うん。
私、由乃についていくよ。それで死んでもかまわない。
由乃の日記が天野君日記なのはちょっと嫉妬するけど、でも、由乃に協力できるなら、それで由乃が助かるなら、私を好きに使って。」
「……っ、詩織ー!好き!大好きぃ!」
「私も由乃のこと好きだよ。」
「でも無理は禁物だよ!私は詩織を殺させないためにここに来たんだから、それで詩織が死んじゃったら意味ないもん!」
外はもう真っ暗で、部屋も真っ暗な中、私と由乃はぎゅっと抱きしめ合った。
そうして、私はしばらくの間由乃の家に泊まることになった。ここにある死体や、事件については大事にはなっていないようで、私が家に帰らない間は、由乃が自分の家に泊まっていると私の両親に連絡しておいてくれたらしい。さすが由乃。ぬかりない。
その後自分でも家に電話をかけて、由乃の家にしばらく泊まると伝えた。
これから、今までどおりに生活することはできないだろう。なら、その生活を大いに堪能してやろうじゃないか。
命をかけた、サバイバルゲーム。私は、何があっても由乃の味方として、由乃についていく。
「頑張るよ、私。由乃のために。」
「ありがとう。
私は、天野君も詩織も、守ってみせるからね。」
由乃のすべてを知っているのは私だけ。なら、由乃のすべてを守れるのも私だけ。私は、由乃にすべてを捧げる。私たちは顔を見合わせて、1度触れるだけのキスをした。
新しい私たちの生活が、始まった――。
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