黒猫と革紐。 | ナノ



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「はあ……」

「小演技してないで仕事しろ仕事。お前の所為でこんなに始末書が蓄まってるんだから働いてもらわないと困る」

「……レイムさんの意地悪ぅー」

「真実だから仕方ない。あといい歳なんだからいい加減その振る舞いを自重しろザークシーズ」


ほらほらほら、とサンドイッチよろしく書類の書類挟みになった山を机の上に積まれ、色々な意味で消耗したブレイクはぐったりとその山に突っ伏した。
朝甥を送り出してから時間はいつも通りに過ぎていき、気が付けば時計は四時を回ろうとしている。表面上は何とも無いように出勤した職場だが意外に甥からのダメージは精神に響いており、そんな中でいくら書類と戦えと言われてもどうにも気が進まないブレイクだった。

(最近冷たいんですよネ……コレが所謂反抗期…親離れ……いやいや)

能力的にもデスクワークには向いていないし、こうして数時間単位で机に向かっているとつい思考が悪い方へと転がってしまう。
思えば身寄りを無くしてしまった姉夫婦の忘れ形見を引き取って早十年余り。粗相をしてしまった朝に一緒に布団を干してやったり、心霊特番など怖い物と知って見ておきながら結局一人で眠れなくなって夜中にこっそり潜り込んできたのを入れてやったりとしていたあの頃が無性に懐かしい。
当時も今も独り身のブレイクにとっては結婚もしていないのにいきなり子育てを任されて分からないことだらけの忙しい日々だったが、育児書と闘ううちに何とか男やもめの育児は形になっていったのだ。

が、朝にもあった通り、最近可愛い甥っ子は何だか変わってきてしまったようだ。

以前と違って出掛ける時に手を繋ごうとすると断られてしまうし、そもそも休日にどこかへ誘うと友達との先約を優先されてしまう。部屋に入るときにわざわざノックをするようになったのも変化の一つで、彼の世界が広がっていくと同時、ブレイクはその世界から弾かれているように思えて少し切ないような、分かりやすく言うとまだ可愛い盛りの娘をどことも知らない馬の骨が攫っていってしまうかのような気分になるのだ。
実際にそれをやられたら多分自分はその馬の骨を物理的に葬ろうとしそうだが、それはそれとして。

まだ親、いや叔父離れには早いと思っても真実甥がどう思っているのかは分からない。

(…同じ男なのに分からない、か……)

いい加減育児書は卒業しているし、彼の本当の気持ちを聞いてみたいと思う今日常々。今頃は博物館を見学している頃だろうか、と鼻の下にボールペンを挟み込みながらブレイクは唸った。

すると、こちらの様子を気にかねたのか、おもむろに同僚が席から立ち上がる。


「……ザークシーズ」

「何ですかー。というかこれだけ積まれたら今日中になんて終わりませんヨ」

「そうじゃない。いや、もう今日は帰っていい」

「だから帰っていいと言われても仕事なんて……ハイ?」

「帰っていいと言ったんだ」


───ハイ? ともう一度確認の意を込めて首を同僚の方へ向けると、彼は掛けていたオーバルの眼鏡を外しながら息を吐いて時計を親指で指した。時計はぴったり四時を差し、終業の時刻を示している。
といってもブレイクは必然的に残業を抱えており、正攻法で行けば職場から帰るのは十一時を回ってもおかしくないはずだ。
しかし、同僚は外した眼鏡のレンズをひとしきり拭くと積まれていた書類を三分の二ほど自分の机に移し替えた。
それが示すものは、

「そんな顔でいつまでも残っていたってどうせ終わらないんだろう。……それに、今から帰れば五時には着く」

「……えーと」

「全部言わせる気か。言っておくが残りは家に持って帰れよ。紙袋やるから」

「………、」


最後に固まった頭をばんと叩かれ、ブレイクはそういえば今日のことをこの同僚相手に愚痴っていたのだと思い出した。当然、迎えに来るなと言われた甥が帰る時間のことも。
慌てて三分の一に減った書類を差し出された土産屋の紙袋に突っ込み、帰り支度を始めたブレイクに隣の同僚はふっと笑っていつか返してもらうからなと悪態を吐いた。


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