旅行記


※少しおばか綱吉

※なんでもない話








旅行記





「なんの本読んでるんですか?」
「………」

綱吉の質問に雲雀は黙って表紙を見せた。

「へぇ。ガリバー旅行記!」

図書館から借りてきた活字の大きめな絵本。
綱吉が意味ありげにちょっと笑った。

「なに」
「え?」
「なんで笑ってるの」
「いや、俺が子供の頃読んでたなぁって。懐かしいですねぇ…それ、小人の国へ行くやつでしょ?」
「………」
「ガリバー旅行記ってほんとはすごく長くって小人の国だけじゃなくて巨人の国とかラピュタとか馬の国とか色々旅してるらしいですよ」
「…………」
「ですよ?ね、ひばりさん」


珍しく知識を嬉しそうに披露してくる綱吉が微妙に鬱陶しい。

ちっ……と、聞こえるか聞こえないかの舌打ちのあとチラリと顔をあげたら、綱吉はなんにも感づかないようで、得意満面といった風だ。

「……」

雲雀は集中して読みたいのに。

小人の国に辿り着いたガリバーは一体どうなってしまうんだろう……。

「作者のスウィフトは当時の大国を風刺してこのガリバー旅行記を書いたんですけど、……あ、そこ、そこ!覚えてます、ガリバー小人に拘束されるトコ!」
「……」

ひとがワクワクして読んでるのに水を差すのは止めて欲しい。
雲雀は現在進行形で楽しんでいるのだ。

「ガリバーったら、やっちゃいましたよねぇ。小さいからって舐めるから、ひどい目に遭うんですよ」

「ちょっと黙ってて」

隣りの席について、すり寄ってくる綱吉の小さな鼻をくっ、と摘まんでみると「フガッ」と間抜けな音を出した。

「はにゃは、やめふぇくらふぁい、」

「これ以上邪魔するなら咬み殺すよ」

最後は押し付けてからパッと離してやる。
赤くなった鼻を押さえて恨みがましい視線を送ってきても今度こそ相手にしないと雲雀は決めていた。

「ひばりさんは、いいじゃないですか。旅行記なんか読まなくても」

「は、?」

「十年後のひばりさんは世界中のアチコチを好きなように飛び回ってたんですよ。ボスの椅子に繋がれてる惨めな俺をほうっておいて」

「……」

面倒くさい子。
おおきなおおきな溜め息を吐く雲雀の横で、そいつは拗ねたようにくちびるを突き出していた。

「十年後の僕とガリバー旅行記を読んでる僕は関係ないだろ」
「大ありですってば。俺が此処にいるのに本ばっか読んじゃって……」


完全にページをめくる手は止まってしまっていた。

言っていて急に恥ずかしくなったのか、綱吉はこちらを見ない。
すんすんと鼻を鳴らし、居心地悪そうに爪の縁を指先でなぞっている。

「やっぱ俺、帰ります」
「今度。旅行に行く?冬休みにでも」
「へっ……」

ついに立ち上がった綱吉を呼び止めたのも雲雀自身。

「行きたいところに行けばいいさ。どこがいい?」

綱吉は突然の提案に面食らったようだった。
何にも言わず、琥珀色の瞳をまたたかせている。

「何処へも行けないなんて、行く気がないだけだろ。縛られてるなら、ふりほどけばいい」


だが、綱吉には一生そんな生き方は出来ないのだろう。

情けなさそうに笑う綱吉に雲雀は悟っていた。
そんなやつだからこそ、十年後まで自分は支えてやっているのだ。


「旅行に行きたいって言ったつもりはなかったんですけど……。温泉がいいです、……もちろんリボーン抜きで!」


手のかかる子。
けれども、この子の笑顔は嫌いじゃない。


(きみがそうしたいって望むんなら、十年後も同じように連れ出してあげる。)


「冬の秘湯……悪くない選択だ、沢田綱吉」

まだ少し遠い冬休み。
やつと2人きりの旅行記はどんな思い出で彩られるのか。

ふにゃりと崩した相貌で雲雀の隣りに舞い戻ってきた綱吉が両の腕を胸元に回してきて。



雲雀は、ガリバー旅行記をパタンと閉じてしまった。






おわり



***


面倒くさい綱吉。






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