七色玉 「あ、…またハズレ!」 地獄堂の奥の小部屋、畳の上でリョーチンがジタバタしている。 「またかよ!リョーチン、カン悪〜っ」 「いや、四粒中、三粒当たってるんだから逆に引きがいいんじゃない」 くちをモグモグ動かす三人悪。 リョーチンが涙目で、椎名とてつしが御満悦な表情で舐めているのは今小学生たちの間で話題の【七色玉】という飴玉である。 つい最近発売されたそれは、最初はすべてハッカ味で、舐めていくうちに、いちご、りんご、ぶどう、めろん、パイン、みかん、蜂蜜レモンのいずれかに味が変化していくのだ。 どれも果汁の味が濃く、非常に美味しいのである。 大人気な七色玉には、ひとつ罠が仕掛けられていた。 それがハズレ玉の存在だ。 一袋に四粒だけ入っている「ハズレ玉」は最初から最後までただのハッカ味なのである。 その博打的な要素もあって小学生にうけたというわけだが、リョーチンは今日だけでなんと続けて三粒当たってしまっているのだ。 「次がハズレ玉だったら、俺もう絶望しちゃうぜ……」 リョーチンはまだ大きなままのハッカ味の飴玉をなんとか砕いて早く食べ終えてしまおうと口の中をガリガリいわせている。 大袈裟な物言いだがリョーチンはそれ程ハッカ味の飴玉がキライだった。 「止めとけって!どうせまたハズレ玉だって」 「いや、どうせならリョーチンが四粒ぜんぶ食べてくれた方が俺たちが食べなくてすむからさ、ぜひ挑戦してくれよ」 「ひどいぞ椎名あ!」 ぶつくさ言いながら、リョーチンは袋に残る飴玉から選りに選って用心深く1つを取り出した。 「それ絶対ハズレ玉だぜ!」 見た目は同じなのに、てつしは楽しそうにそう決めつけてきた。 「てっちゃんの意地悪!もう決めた!俺は俺の勘を信じるからな!」 椎名も完全に本から目をはなしてリョーチンが一息に飴玉を頬張るのを見守った。 「ひひひひひひひ」 堪えきれない、とばかりに背を向けていたおやじが笑い声をあげる。 ガラコも同じように笑っている。 リョーチンは「もごっ」とくぐもった声をあげつつ、ハッカ味の向こうに何か果汁の存在を信じて、その嗤いを懸命に振り払った。 が… いつまでたっても、飴玉はハッカ味でしかなかった。 「う、ふむむぅ」 リョーチンがガクリと膝をつき、ざぶとんを抱き締めて前のめりに丸まる。 よほどショックなのだろう、リョーチンはそのまま動かなかった。 「あーあ…やっぱりか…」 「たかが飴玉じゃないか。元気だせよリョーチン」 てつしと椎名はなでなでとその小さな背中をなでてやるのだった。 「ひひひひひひひ…そういうこともあるわな…だが良次、不運ばかりとは限らんぞ。不運が、思わぬかたちで幸福を引き寄せることもままある…、まぁまさにたかが「飴玉」ではあるがな…」 不運が幸福を呼ぶ?? おやじが言う意味は三人悪にはよくわからなかったが、おやじはそれ以上何も言わずにまた丸まった背中を向けた。 「トイレ、」 その内てつしがさっと小部屋を出た。 椎名は本に視線をおろそうとしたが、ふとリョーチンに目を留める。 いまだにぼーっとしたまま、くちの中で無気力にハッカ味の飴玉をゴロゴロさせる様子は、なかなか不憫であった。 「しようがないな…それ、食べてやるから、出せよリョーチン」 「?」 「ハズレ玉」 椎名は片手をリョーチンに差し出した。 「俺、そんなにハッカ味嫌いじゃないし。もう四粒ぜんぶ出たから次は当たりだぜ。新しい飴食べればいいよ」 リョーチンは目を潤ませて椎名に飛び付いた。 「本当、椎名ぁ?ありがとうーっっ」 「飴くらいで大げさだなあ」 リョーチンが細っこい腕を回してぎゅっぎゅっと椎名を抱きしめる。 椎名は笑ってリョーチンのふわふわ髪をクリクリ撫でた。 「じゃあ椎名、あーんして?」 ごく自然に椎名の両頬に手のひらを添えるとリョーチンが顔を近づける。 「??」 言っておくが椎名は、手で飴玉を受け取るつもりでいた。 だがリョーチンは何を思ったか椎名のくちびるに自分のくちびるを重ねたのだ。 なんの迷いもない、迅速で流れるような動きであった。 「んっ…?」 まんまと隙をつかれた椎名はビックリしているうちに生温かいハズレ玉を口に押し込められてしまった。 ふにゅんと柔らかなくちびるが離れて、目の前にはリョーチンの心底うれしそうな笑顔。 ハッカの香りが漂う中、椎名は無表情で考えをまとめようとする。 ――リョーチンは、天然ボケだ。 おっとりした性格だし、それに俺たちの中でいうと一番子供っぽい。 口移し、とか…そんなに気にしてないの、かもな………… 「へへッ!椎名のファーストキス、もらっちったあ〜〜〜」 絶句。 リョーチンが、鼻歌まじりでくるくるターンする。 その様子は無邪気であった。 「おやじ!ほんとに不運がこーふく呼んだよ!」 「ひひひひひひひ………」 落ち着け俺。 椎名は今度こそ顔を本に向けた。 口の中のハズレ玉を舐めることも忘れていた。 珍しくからかわれているのだリョーチンに。 リョーチンがしたのはただの悪戯だ。 そんな深い意味など存在しない。 「ねぇ椎名」 打って変わって静かな声音にはっとする。 いつの間にかリョーチンはターンをやめて椎名の隣りに座っていた。 「俺たちがチューしたのは、てっちゃんには内緒だよ?」 蜂蜜色した瞳が妙に大人びた光を宿している。 有無を言わさないような、深い深い眼差しだ。 「、……うん」 「へへへーっ!2人だけのヒミツー♪」 椎名の肩にべたーっともたれるリョーチンはやはり、普段通りのリョーチンであった。 今のは一体なんだったのか? 椎名にはわからない。 「戻ったぜー!あれっリョーチン復活してんじゃねーか。飴食べるの早っっ」 「うんっ」 てつしは、定位置につくと七色玉ではなく、ポテトチップの袋を豪快に開けた。 「……あれ、椎名、顔あかいぜ?暑いのか?」 「〜〜〜…寝る!」 もう何だか訳が分からなくなった椎名は脱いであったカーディガンをあたまから被って丸くなった。 「俺、飴食べよ」 「ハズレ玉なくなったからもう安心だな」 「ひひひひひひひひひひひひひひひひひ…!」 「おやじのひひひ長っ」 リョーチンのくちびるは小さくてあたたかった。 まだ感触が消えてない。 椎名は深くまぶたを伏せ、ようやくハズレ玉をころ、と舐めた。 おわり *** 黒リョーチンのはじまりだ… 2012/04/20 |