心臓が疼いた(レイヴン)
!レイヴン→ヒロイン→ユーリ←エステル
!本編及び虚空の仮面若干のネタバレ
「ユーリ、後で術技の事で相談させて頂きたい所があるんですけど…」
「そういうのはちゃんとした型を使ってるフレンの方が良いんじゃねぇの?」
「いえ、ユーリに見て頂きたいんです!」
「そっか、ならいいぜ」
「ありがとうございます…っ!」
嬢ちゃんはすごくわかりやすい。
『…………』
「名無し?どうしたの?具合悪い?」
『え?平気だけど』
「全然平気そうに見えないんだけど…」
『カロルの気のせいだって』
「もう!人が折角心配してるのに!名無しのばか!」
『ちょ、カロル!』
名無しちゃんもまた、わかりやすい。
憤慨した少年が先に走っていくことで一人になった名無しちゃんの隣に並ぶべく、俺は足を少しだけ早めた。
「名無しちゃ〜ん」
『…なに』
名無しちゃんの顔を覗き込むも、全くといっていい程目を合わせてはくれなくて、これは予想以上の落ち込み様だ。
「名無しちゃんはさ、青年のことが大好きだよね」
『うん、そうだね』
「あら、少年の時とは違っておっさんには素直に言ってくれるわけ?」
『隠した所でもうバレてるだろうし』
「ん〜そうね、バレバレだね〜」
そう答えれば、だからだよ、と吐き捨てるように返された。
恋をするっていうのはもっとこう、キラキラして楽しい感じじゃないのだろうか……って、今の名無しちゃんを見ているとそういうわけでもないみたい。
「名無しちゃんも行きたいなら青年の所に行けばいいっしょ」
『行かないよ、ふたりで楽しそうにしてるし…行けない』
「それ、この前も聞いた」
『レイヴン』
「はいはい?」
『何が言いたいの』
「そうやって逃げてさ、最後に後悔するのは自分なんだよ?」
少し冷たい言い方をしてしまったのかもしれない。でもそう思ったのは本当。
すると、これまでオーラと共に不愉快な表情をむき出しにしていた名無しちゃんの眼には、一度の瞬きでこぼれ落ちそうな涙があって俺の思考は一度停止する。
「…ええぇえっ!?ちょっ!?ごめん…!泣かすつもりはなかったんだけど…!!」
周りは気付かずに進んでいく中、立ち止まった俺と名無しちゃん。
ただ、ジュディスちゃんだけが一度振り向いて、何事もなかったかのように前へと向き直していた。
「名無しちゃん」
顔にかかった前髪を避けてやれば
我慢しているのだろう、
涙はまだ、落ちてはいない。
「おっさんからひとつだけ忠告してもいい?」
名無しちゃんは小さく頷いたので
その溜まった涙を俺の袖で拭ってやると袖の色が少しだけ変わった。
「すぐに想いを伝えろとは言わないよ、でもね、言って後悔するのと言わないで後悔するのじゃ違うと思うわけ」
手を下ろすと、未だに赤いその眼が真剣に俺を映していた。
『なんか…変に説得力があるよ、レイヴン』
「まー名無しちゃんより何年も長生きしてるからね、人生の先輩でもあるわけ」
『もしかしてレイヴン、言わないで後悔、したことがあるの?』
「え?」
予想外の質問に俺は少しだけ心臓が跳ねたけれど、何事もなかったかのように笑ってみせた。
「ないよ。それにおっさんは10年前に一度死んでるからね、その時にソレも一緒に失ったかな」
そう言った瞬間、名無しちゃんの両手が思いきり俺の両頬にヒットした。
『そんなの笑えない』
「名無しちゃ…『レイヴンは生きてるよ、生きてるから今ここに居るんだよ。だからそんな悲しいこと言わないで』
ついこの前までは死にたいと願っていて、
けれど紛い物であるこの心臓は止まってはくれなくて、
生きた心地のしない毎日をただ生き続けていた。
それなのにもう一度生きたいと、もう一度恋をすることになるとは思ってもいなかった。
おっさんをこんな気持ちにさせるんだからさ、本当困っちゃうよ。
誰かの為に生きていたいとここまで思ったのは、初めてかもしれない。
「そうだね、うん、ありがとね」
言いたい言葉がもっとあるはずなのに、これだけしか出てこないそんな自分を心の中で笑った。
『レイヴン、私元気でたよ、ありがとう。それから頬っぺた打ってごめん』
貸し借りなしと言いたいのか、俺の両手を掴んでそのまま自分の頬へと持っていってそこでペチンと音を立てた。
「ん、それじゃ、行っておいで」
『え?』
「思い立ったら即行動が名無しちゃんの良い所っしょ、青年ん所行っといで」
名無しちゃんの頬から手を下ろし、青年の方へと身体の向きを変換させた。
名無しちゃんは小さな声でうん、とだけ呟いてそのまま前へと歩き始めたのだ。
俺はその後ろ姿をただ見ているだけ。
この一方通行の恋は、どこで終わるかなんて誰も分からない。
この気持ちを伝えたら君は驚くだろうか。
また、別の形で泣かせてしまうかな。
――すぐに想いを伝えろとは言わないよ、でもね、言って後悔するのと言わないで後悔するのじゃ違うと思うわけ
これは自分にも言えること。
もう、後悔なんてしたくない。
おっさんはおっさんのペースでやらせてもらうから、
覚悟しててよね。
なくしたはずの
心臓が疼いた
温かさの残る手をそっと握り、大空に向かっておおきく伸びをした。
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後悔するならやってみてからの方がいいんだよ!
20121121.haruka
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