白石蔵ノ介の幸福



閉じた瞼の裏に差し込む光が、覚醒を促す。
「う、ん……」
急速に意識が眠りの底から浮上する。
そのたゆたうような微睡みの中、嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔を擽る。

ひな、や。

愛しい彼女のシャンプーの匂いやと判って、それを自分のほうに引き寄せる。
「んー……」
柔らかな温もり。

やっぱひなの抱き心地はええなぁ……。
その感触を確かめるように、更にきつく抱きしめとれば、寝惚けた頭が徐々に働き始める。

んんー、絶、……って、え!?

思考回路が完全に繋がれば、有り得ない状況やってことがわかり、すぐに目を開いた。
すると、目の前には俺に身を寄せるようにして眠るひな。

「――っ!」
喉元まで出掛かった声を、無理矢理押し込める。
冴えた頭に、腕を通して伝わる彼女の体温が、目の前の出来事が現実やって思い知らせてきた。

ちょ、何がなんでこないなことになってんや…!?

状況が飲み込めず、思考だけが無駄に空回りする。
よくよく自分の姿見てみれば、なんや服がはだけとるし、まさかとは思うけどやってしもたんか、俺!
しかも記憶にないとか、最悪や……。
自己嫌悪やら激しい後悔やらで頭が痛うなってきた。
ていうか、ほんまに頭痛い……。
「朝っぱらからなんでやねん……」

「んぅ……」
頭を抱えた俺の声が大きかったんか、腕の中のひなが瞼を震わせ小さく身じろいだ。

「……あ、くらのすけだぁ。おはよぉ」
「!」

あかんて。
半分まだ寝惚けとるんか、どこかとろんとした声で言って、上目遣いにこちらを見上げてくるひな。
俺自身が寝起きやっちゅうことも相俟って、破壊力抜群やった。
やから、なんでそないに理性を飛ばしそうなことを平気でするんや、この子は。
……って、もう飛ばしてしもたんかもしらんけど。

「……なぁ、ひな」
「んー?」
目を擦っとるひなの肩にそっと手をおいて彼女の目線に合わせる。
「昨夜、俺、ひなに酷いことしてへんかった?」
「ううん、酷いことなんてされてないよ?」
蔵ノ介もしかして何も覚えてないの、と質問を返されたので素直に頷く。
「蔵ノ介、リビングでくつろいでた時にシャンメリー開けたのは覚えてる?」
「あぁ、開けたな」「あれ、シャンメリーじゃなくてシャンパンだったんだよ」
「は?」
驚く俺にひなが説明してくれたところに寄れば、何でもひなのお姉さんが置き忘れていったものが俺らが飲んでいたシャンメリーに酷似しとったらしく、何も知らん俺はそれを勘違いして飲んでしまったらしい。
そして、彼女の話を聞いとるうちにだんだん昨日のことを思い出してきた。
なんや身体が熱うなってきて、それで……。

脳内に閃く走馬灯。
ところどころ切れ切れの映像に、言葉を失う。

ひなは何もされてへん言うたけど、ばっちり手出しとるやんか、俺!

「ひな、その、すまん……」
申し訳ない気持ちで胸いっぱいになる。
あれだけ勢いに任せて手出すまねだけはせんよう気をつけとったちゅうんに、全て無駄やないか。
「なんで謝るの?」
「やって、昨日ひなに色々してしもうたから……」
いくら酔っていたからとはいえ、ひなには本当に悪いことをしたと思う。
けれど、彼女は不思議そうな顔で俺の謝罪を受け止めた。
「……いいよ」
そっとひなの両手が、俺の左手を包み込む。
「昨日みたいなことでも、蔵ノ介なら、いい……」
かぁっと林檎みたいに頬を染めるひな。
やから、それは反則やって。
「ひな、頼むでそないな顔せんで……」
「なんで?」
「俺が我慢できんくなるから」

今ので実はかなり理性の箍が緩んでしまっている。
ほんま、今すぐここから抜け出さんとひなを襲ってしまいそうや。

布団を避けようとする俺の手をそっとひなが掴んだ。
「我慢、しなくていいよ。蔵ノ介なら、いい、から」

真っ赤な顔。
潤んだ瞳。
かわええ答え。

それらのせいで俺ん中の何かがぶつんと激しい音を立てて切れた。

「……言うとくけど、俺止まれへんで?」
自分でも物騒やなと思う声音で言うて寝返りを打ち、ひなを自分の下に組み敷く。
「いい、よ……。あ」
頷いておきながら、ひなは何かを思い出したようにきゅっと俺の服を掴んだ。
そして本当に微かな声で。
「でも……、」

優しくして、ね?

やはり少しは怖いのか、眉根を下げてこちらを見上げてくる彼女を安心させたくて、優しく包み込むように抱きしめる。
腕の中にすっぽり納まる細い身体は微かに震えていた。

「勿論や」
その背を宥めるように撫でて、彼女の目をみて大丈夫やと伝えると、ひなは落ち着いたのか身体の緊張を解いた。

「ひな、愛しとる」
「私も、だよ。蔵ノ介」

そっと身体を離して愛の言葉を囁けば、ひなも俺を見上げてふわりと微笑った。


  



午後、部活にて。
(…………ひなちゃん、なんや蔵リンとええことあった?)
(な、な何もないよっ!何でそう思うの、小春ちゃんっ?)
(んー、蔵リンはなんやすっきりした顔しとるし、ひなちゃんも……、今まで以上に可愛なったから)
(へっ!?)
(ひなちゃん知っとった?女の子ってオトナになるとめっちゃ綺麗になるんよ?)
(!(絶対気づいてる……。小春ちゃん恐るべし……!))




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