彼女は来てくれるやろうか。

入場ゲートの手前で、ただ一人立ち尽くす。
他のペアはすでに襷で足を繋いで、出場する準備も完璧や。
けど、俺の相方に指名された紅林が現れる気配はない。

やっぱし嫌なんやろか。

さっき、ものすごい勢いで頭を下げて走り去った彼女が頭から離れへん。
忍足謙也、一世一代の告白、大失敗や。

「はぁ〜……」
「遅れてすみませんっ!」

さっきから何度目になるかわからん溜息を吐いた時、聞きたかった声が響いた。

「忍足君、お待たせ、しました……っ!」

きれぎれに言葉を繋ぐ紅林。
どこにおったんかわからんけど、少なくともめちゃくちゃ急いで走ってきてくれたらしいことだけはわかる。

「なして、来てくれたん……?」

真面目な紅林のことや。
例え、相手が嫌いなヤツやろうともこういう場面で組むことになったら断れんだけなんやもしらん。

もしこの予想通りの答えが返されたら立ち直れる自信はあれへんのに、俺の口は自分の意思とは関係なく勝手に動いてしまっとった。

「俺のこと嫌いなんちゃうん……?」
「そんなこと、ないっ!!」

ぼそりと呟いた言葉に、勢いよく顔を上げた紅林。
周りの奴らが振り返るくらい大きな声で断言した。

周囲の視線に慌てて口を塞ぐ彼女を俺はまじまじと見つめる。

嫌い、では、ない……?

諦めかけていた想いが再び沸々と湧き上がる。

「さっきのは、違うの……。あの時は気が動転してて、とにかくあの場から逃げ出したくて、」

周囲には聞こえへんよう先ほどよりは小さな声で、必死に言葉を繋ぐ彼女。

「忍足君に言われたことは、すごく嬉しかったのに、」

“嬉しかった”

あかん。こないなこと言われてもうたら、余計に期待が膨らんでまうやん。

高鳴る鼓動を感じながら、紅林の口からこぼれる言葉を一言一句逃さんように、耳に神経を集中させる。

「忍足君に告白されて気が付いたの……。私も忍足君が好きなんだって。さっきは急に逃げたりしてごめんなさ、っ!?」

紅林が最後まで言い終わらんうちに、彼女を思いっきり抱きしめた。

「お、おお忍足君っ!?」
「今の……ホンマ?」

彼女の耳元に口唇を寄せて囁くように訊ねる。

「俺を好きって、ホンマに、か……?」
「ホントだよ。嘘であんなこと言えない、よ……」

抱きしめた腕の下から、彼女の手が俺の背中に回される。

どくんどくん。

触れ合った部分から伝わる彼女の鼓動は、俺のそれとおんなじ位早くて。
言葉よりも如実に紅林の気持ちを伝えてくる。

「せやったらもっぺん言わせてくれ」

紅林の身体をそっと離して、くりっとした彼女の瞳をじっと見つめる。

「好きや。俺と付き合うてくれませんか」
「はい。喜んで」

「おおきに…………、なずな」

満面の笑みで頷いてくれた彼女を再び腕の中に閉じ込めた瞬間。
グランド中から拍手が起こる。

なずなと2人して我に返ると、四天宝寺全員の視線が俺らの方に集まっとった。

しもた……!
体育祭の真っ最中やってこと、すっかり忘れとった……!

先ほどまでのやり取りを思い出すと、急激にこみ上げる恥ずかしさ。
それはなずなもおんなじようで、俺の体操服の裾を掴みながら、真っ赤な顔して俯いとった。


四天の体育祭!



(その後の二人三脚で、俺となずなのペアが優勝したんは、また別の話)





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