灯籠流し(ルビー+??)
夏の夕方の空から、太陽が姿を消そうとしている頃。
ボクはりゅうせいのたきから外へ出て、海が近いのだろう、そよそよと吹く潮の匂いを含んだ風を胸いっぱいに吸い込んだ。
「ふぅ……ん?」
ふと森の方を見遣ると、一人の幼い男の子が、何かを持って歩いていた。
「こんな時間に一人で…」
何をやっているんだろう。
あんな暗がりを、しかも5歳ぐらいの子が一人で歩くなんてあまりにも危険だ。
「ねぇ、そこのキミ!!」
大声で呼び止めながら、ボクはその子に駆け寄った。 森の奥に入ろうとしていた男の子が、立ち止まって振り向いた。
「こんな時間に一人で歩くのは危ないよ。何をしてるの??」
「お父さんを、送りに行くんだ」 「お父さん??」 「うん。ほら」
そう言うと、男の子は自分が持っているものをボクに見せた。 それは…
「灯籠…?」 「うん!!あ、そうだ!お兄ちゃんも一緒に、僕のお父さんを見送ってくれない??」
そうか…、この子のお父さんはもう…。
「…うん、いいよ。一人だと危ないし」 「ありがとう!!お父さんもきっと喜んでくれるよ!!」
ちくり。
嬉しそうに笑う男の子を見て、ボクは胸が痛んだ。
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ざく、ざく、ざく。
ボク達は森の道無き道を進む。
まるで獣道のように、荒れていた。
「もうすぐだよ、お兄ちゃん」 先頭を歩く男の子が言った。
ぴしぴしと葉っぱが顔に当たるのも構わず、男の子はどんどん進んで行った。
さぁ…っ
夏の夜風がボクらの周りを通り抜けた瞬間、不意に男の子が立ち止まり、ボクの方を振り向く。
「着いたよ」
「川…?」
こんな所に、川があったのか…。 穏やかな流れは、所々曲がりながら、海へと繋がっていた。
「あれぇ??どうしよう…。マッチ、無くしちゃった!!」
ズボンのポケットを一生懸命あさりながら、男の子が泣きそうな声で言った。
「ボク、ライター持ってるから、それで火を点けよう」
カガリさんから貰った"記憶のライター"を見せると、男の子はホッとした表情を見せた。
灯籠に火を点す為に、河原にしゃがみ込む。
「お父さんね、ある事件に巻き込まれて死んじゃったんだ」
「事件…?」
「うん。カイオーガ・グラードン事件」
ライターで火を点けようとしたボクの手が、止まる。
「あの時お父さんは、氾濫した川で溺れている人を助けようとしたんだ。…ううん、助けたんだよ。水が苦手だったけど。その人をおぶって、岸に辿り着いたんだけど…。その人を他の人に預けた瞬間、急に水が増えて、お父さんはそれに足を掬われちゃった。助けようとしたけど、もうお父さんの姿が見えなくなっちゃってて…。でも、僕は他の命を救ったお父さんを、誇りに思ってるんだ!!」
「そっか…」
男の子の顔を、見るコトが出来なかった。
もしあの時ヒワマキで、サファイアと協力していたら…。
きっと被害は少なくて、この子のお父さんも死なずに済んだハズだ。
「お兄ちゃん、火…」 「あ、ごめんね、そうだった…」
ハッと我に返って、慌てて火を点けた。
ぽぅ…、と蝋燭の優しい炎が暗闇に居るボクらの顔を、ほのかに照らした。
男の子はそれを持つと、川の水面に置いた。
「お父さん、僕、お父さんのコト誇りに思ってるよ。僕とお母さんのコトは心配しなくていいから。お母さんは、僕が護るから。だから…、天国でも…っ、グスッ…元気でいてねっ!!」
男の子は泣きながらそう言うと、灯籠から手をゆっくりと離した。
灯籠は、少し躊躇うかのように数秒間その場に留まっていたが、それから間もなく、ゆっくりと川の流れに乗って行った。
ボク達は、ふわふわと揺れながらゆっくりと進む灯を見えなくなるまで見つめていた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
暫くして、男の子が口を開いた。
「何?」
「僕、お兄ちゃんのコト知ってるよ」
「え?」
「カイオーガ・グラードン事件の時に、ホウエン地方を救ってくれたんだよね??」
「え…、あ…うん…でも…、」
後ろめたい気持ちがボクの心を支配して、思わず男の子から目を逸らしてしまう。
ごめん、そう言おうとした時。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「え…??」
それは、予想していなかった言葉だった。 だって、「もっと早く解決してくれていたら!!」と恨まれていたと思っていたから。
「何で…」
「だって、お兄ちゃんは沢山の命を救ったんだよ!?そりゃあ、僕のお父さんが助からなかったのは悔しいけど…。でも、代わりに沢山の仲間や人を助けてくれた!!でしょ!?」
ボクを見上げる幼い顔は、あまりにも真剣だった。 さっきまで泣いていたあの子とはとても思えない程、強い目をしていた。
「だから、…ありがとう、お兄ちゃん。僕も、お兄ちゃんやお父さんみたいに強くなって、お母さんを護ってみせるんだ!!」
男の子が微笑んだ瞬間、その子の身体が突然光に包まれた。
「な…っ!?」
男の子の身体が、どんどん縮んでいく。
光が収束し、男の子の姿が、いつの間にかロコンへと変わっていた。
"ありがとう、お兄ちゃん"
そう言って、コォォン!!と高く鳴くと、ロコンは森の中へと消えて行った。
「…ありがとう、ロコン」
これはボクの、とある夏の夜のお話…。
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