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第五十二夜





「暁と瑠佳が向かった標木家はどんな処なんだ?」



枢に言われて、暁と瑠佳は純血種の標木家の様子を見に行っていた。



『…私も詳しくは知りません…標木家は当主とご一家が揃って五百年前から眠りについてますから…お父様だったら何かしら接点があったかもしれないけど』

「(そういえば綱吉さんは一体いくつなんだ)」



内心いつでも朗らかに笑顔を浮かべている綱吉を思い出し恐ろしく思う。衰えを知らなさすぎる…。



『でも、永い時を生きる純血種には、時には休息も必要なんだと思う… 』



紅茶を飲もうとした手を止めて、ぼんやり呟いた珱を藍堂はハッと見つめた。



『疲れ果てて…すべてが擦り切れて…自らの手から、零れ落ちて…気付けば、ひとりーーーー…』



まるで自らの事のように呟く珱の目はどこか遠くを見つめており、寂しそうな、哀しそうな負の感情が渦巻いていた。



『…李土ももしかしたら…永い休息が必要だったのかもしれない…』



目を閉じて、小さく、零れ落ちた言葉。



「お前…」

『…』



藍堂の言いたい事は分かるが、珱は何も答えない。それに藍堂も聞かなかった。

それから藍堂と別れた珱は戻ってきた優姫と向かい合っていた。



『作法を教えてほしい?』

「はい」



部屋をいきなり訪ねてきた優姫からのお願いは、近々開かれる夜会に備えた礼儀作法を教授して欲しいとのことだった。



『どうしたの急に…瑠佳に鞭撻してもらってるんじゃないの?』

「瑠佳さんだけにしてもらっていたんじゃ、私じゃまだまだ間に合わないと思って…瑠佳さんが無理な時は、できれば珱さんに教えてほしいんです」

『…私なんかで良かったら別にいいけど…』

「ありがとうございます!」



ぱっと笑顔を浮かべた優姫を指差す。



『夜会で、そういう無闇な笑顔は浮かべない方がいいよ…すぐに足下掬えそうだと価値評価される』

「え…あ…はい…!」



いきなりの指摘に優姫はどもりながらも頷く。



『第一印象さえしっかりすれば、後はなんとかなる…あくまで余裕そうな微笑みを心がけたほうが、純血種としてはいいと思う…』

「余裕そうな…」

『枢様みたいな』

「…おにいさまみたいな、ですか…」



少しばかり困ったように考える。



『枢様と同じになんて言わないよ…ただ、優姫ちゃんなら人当たりがよさそうで一線引いたような笑顔がいいと私は思うだけ』

「心の内を無闇に見せるな。そういう事ですか?」

『うん…純血種に言い寄る奴は、ロクな奴いないから…』



思わず優姫は口を閉ざした。



『…おいで』



分厚めの本を一冊手にして歩き出した珱の後を追うと、階段の上まで来た。



『はい』

「え」



いきなり頭に乗せられた本に目を丸くする。



『顎を引いて、胸を張って。目線は真っ直ぐより少し斜め上を向く感じ…』

「え、え、あの…」

『歩く姿』

「え?」



ス、と珱は優姫の足元を指さす。



『ピンヒール…まだ慣れないからか下を向きがちだし…バランスをとろうと足の置き方が雑すぎる。全体的に頼りない』



饒舌に痛い指摘をしてくる珱に優姫はただ頷くしかない。

い、意外とスパルタ…?



『ただ、元々の姿勢はそこまで悪くないから、日常から気をつけていればすぐ良くなると思う』

「は、はい……意外と珱さん、痛く突いてきますね…」



苦笑いをしながら優姫が言えば、珱は目を瞬かせて若干複雑そうに溜息。



『…昔、私も先生に同じ事指摘されたの…』

「先生、ですか…」

『そう。私もこういうの不慣れだったから…罵詈雑言と力任せな指導を受けたの…」



ああ、なんだか滅茶苦茶スパルタそうだった、と優姫は微妙な顔をするしかない。



『廊下を真っ直ぐ、ゆっくり歩いて戻ってきて。速く歩いたりしちゃダメだよ』

「はい」



ぐ、と引き締めて優姫はそっと歩き出した。数歩歩いて、Uターンして戻る。



「ど…どうですか…?」

『…本に集中していたから、重心がブレたりはしなかったけど…逆に力んでる。もっと力抜いて』

「はい」



それから数十分ぐらい指導して、珱は思い付いたように時計を確認した。



『…ごめん…私ちょっと用事があるから…』

「いえ!指導ありがとうございました」

『…階段、転ばないようにね…』

「はい」



照れくさそうに笑って頷いた優姫だったが、転けて地面にエレガントとは程遠く着地していた。

部屋に戻った珱は綱吉に電話をしていた。



《…夜会には俺と骸と武を中心に、数名の部下と行くよ。枢にはそう伝えておいてもらえる?》

『うん…先生が来ないの、珍しいね…』

《あー…ほら、今回枢、白蕗更にも招待状出したって言っていたから…》

『?それが…?』

《リボーン、彼女が嫌いみたいでね…同じ空気を出来れば吸いたくないみたい》

『藍堂さんの夜会の時だって更様来ていたけど、先生もいたよ…』

《藍堂家の夜会は、まさか来るとは思わなかったみたいでね》

『…そう、だったんだ』



なんとなく、その気持ちは珱にも分かる。珱にとっても彼女は、嫌いとまではいかないが好ましい存在ではなかった。



《ハンターのところの出席者リストはもう見た?》

『まだ…これから見るところ』

《そう…》

『どうかした?』

《いや。それじゃ、また夜会でね》

『うん』



通話を切って、珱は床に散らばっていた一枚を手にした。それはハンター協会からの出席者リストで…。



『この前はいなかったみたいだけど…元気にしてるみたいだね…錐生くん…』



羅列された中から一名の名前を見つめると、そっとリストを燃やしてしまった。





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