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『ここの家の子…?』

「……吸血鬼?」



十数年程前の雪が降る夜。父親について吸血鬼ハンターの名家である錐生家に来ていた珱は、庭先で零と出逢った。



『うん…ハンターの家にいちゃ、やっぱり可笑しい…?』



首を傾げ伺うように見る珱に、零は首を横に振る。



「今日来てる、吸血鬼社会の番犬の娘だろ…?」

『それでも吸血鬼に変わりはないよ?』

「……でも、マフラーとってくれただろ」



能力で木に引っかかっていたマフラーを珱はとってやったのだ。



『…だって、ずっと見つめてるから……大切なものかなって…』

「ああ…壱縷…双子の弟とお揃いなんだ」

『弟…』



羨ましそうに、真っ白な肌の頬を寒さに赤く染めて息を吐く珱。



「兄弟、ほしいのか?」

『…私にも弟がいる…でも、体が弱いから、私は会えないの…』

「…吸血鬼でも体が弱かったりするのか」

『うん』

「壱縷も、体が弱いから…その分、俺が壱縷を守らないと…」

『…弟想いだね、零くんは』



呟いた珱を驚いたように零は見る。



「名前…」

『お父様に聞いた…双子の子供がいるって。零と壱縷…君の口から壱縷って出たから、じゃあ零くんかなって』

「…お前は?名前…」

『珱。十六夜珱…よろしく、零くん』

「零でいい」

『…そっか』



初めて表情を崩し、ほんの少し笑った珱に零も笑い返した。その姿は獰猛な吸血鬼と違い、ただの人間と変わりない。



「珱、そろそろ帰るよ」



家から出てきた綱吉に、珱は頷き返して駆け寄ろうとしたが、途中で零に振り向く。



『…また来たらお話してね。約束だよ零…』



零が面食らいながらも頷くと、嬉しそうに仄かに珱は笑っていた。

…後にも先にも、私が彼と会ったのはこの時だけで…次に彼と会ったのは、二度と彼が私に笑いかけてくれない時だった…。



ーーーー



ゆっくりと目を開けて、目にはいるのは自室の見慣れた天蓋。ハッとして起き上がった珱は、上着を手にして窓から外へと出る。向かった先は自分達が入学して間もない頃使っていた仮の寮。



「遅かったわね…待ちくたびれちゃった」



一つの部屋の扉を開けた先には、ソファに腰掛けるまり亜の姿があった。



『…今まで何処にいたんですか…?』



後ろ手にドアを閉じて中に入ると、数メートルの間隔を残して珱は足を止めた。



『狂咲姫=c緋桜閑様…?』



クスクスとまり亜が笑う。



「貴女に様付けで呼ばれるなんてね…綱吉は元気?夜琉なんか煩いくらい元気なんじゃ…」

『話とは?』



話を進めようとする珱にまり亜は口を閉じると立ち上がった。



「珱、貴女零を助けたいと思っているのでしょう?」



ぴくり、と珱が眉を僅かに寄せた。



「その方法も知っているはず…」

『…何が言いたいんです?』



ふ、とまり亜は笑うと珱の顎に人差し指を添えた。



「取り引きしましょう」

『…取り引き…?』



戸惑いに目を見開き瞳を揺らす珱に、まり亜は「そう」と頷く。



「玖蘭枢を殺してほしいの」

『!?』

「純血種の番犬たる珱の血を引く者には、対吸血鬼用武器を操ることが出来る…貴女の刃で、玖蘭枢の長い生を終わらせて…?」

『…秩序を守る番犬が…自ら秩序を乱すと思いますか?』



僅かな動揺を抑えて皮肉めいた笑みを向ける珱に、まり亜は愉快そうな笑みを返した。



「純血種の命令ならば、秩序くらいどうということないはずだわ…」



ぐ、とまり亜は顔を寄せた。



「番犬たる本来の役目を、違う形で行うだけ…問題はないはずよ」

『純血種同士のいざこざには一切関わりません。ご存知のはずです…それに……』



至近距離のまり亜を見つめながら珱は答える。



『私は別に…錐生くんを助けたいなんて思っていませんよ…』

「素直じゃないのね…変わりないようで安心したわ」



ス、と珱から離れると、まり亜はくるりと背を向け窓の外を見る。



「貴女にも分かっているはずよ…もう、零に時間がないことくらい…遠からずレベル:Eと化し、ストッパー役の優姫の言うことなんて聞かなくなるわ…」

『……』

「それを救うには…あの子が私…緋桜閑の血を飲めばいい」



ぐ、と手を握りしめれば、まり亜がこちらを振り向く。



「玖蘭枢が信頼を置いている貴女なら、簡単に殺せるはずよ…あの優姫よりももっと…ね」

『彼女にも取り引きを持ちかけたんですか?』

「ええ。刺客は多いに越したことはないわ…」

『彼女は寮長を殺すことなんか出来ませんよ…絶対に』



確信を持っている珱の瞳に目を細めたまり亜は扉へと歩き出す。



「…じゃあ、零はレベル:Eに堕ち、貴女が狩る事となるわね」



ーーーードクン.
大きく脈打った心臓の音は、珱の頭に響いた。



「……楽しみにしているわ…」



笑みを浮かべて、まり亜が出て行く音にハッとした珱は、しばらくその場を動けずにいた。



next.

  



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