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「…翠は優しい奴だった。私は自分勝手な願いごとしかしていかない人間達が嫌いだったから、翠もそれに合わせていてくれたけど…」
森林公園まで足を運んだ際、玄が翠について話を聞かせてくれた。
「貧しい村人達がお参りにきた時、こんな噂話をしていたことがあった。「三色の虹を見たら願いごとが叶うらしい」と。彼女は馬鹿馬鹿しいですねと言って笑った。けれどその日から虹を見るたび、三色じゃありませんねって残念そうに言うんだ。あの人達の願いは叶っただろうかって」
空を見上げた玄を風が吹き抜ける。
「玄。その翠を砕いた相手っていうのが、今、玄が追っている悪霊なのか?」
尋ねた夏目を、玄は無表情に見つめ返した。
「ーーーー夏目様。おれはね…」
ーーーービチャ.
「…ん?」
そっと口を開いた玄の話に耳を傾けたが、足下から重たい水音が聞こえた。
「!?」
見下ろすと、無惨に腹を食われた魚が落ちていた。
『っ…何これ!』
雪野の引きつった声に顔を上げた夏目は目を見張った。腹を食われた魚の死骸は、一匹だけではなかったのだ。
『点々と落ちてる…』
「見ろ、あっちだ。所々草木が立枯れている。辿るぞ」
魚の死骸を辿って奥へと進んでいくと、長い間使われていない様子の空き家を見つけた。
「あのボロ屋から何か感じる。先生は外を」
外れた扉をくぐり、軋む床を靴のままあがって奥の戸をそっと開ける。ふと隣を見ると、雪野の顔から血の気が失せていた。
「雪野大丈夫か…?」
『…なんか気分悪い…』
「空気が淀んでるからな…」
「…夏目様、本当はその悪霊っていうのは…」
「え」
何かを話しかけていた玄だったが、クン、と鼻に届いた匂いに顔を上げた。
「…この匂いは……あっちか!」
「あっ、玄!?待て…」
勝手に走り出してしまった玄は制止も聞かず行ってしまった。ため息をつき、しゃがみ込む雪野の傍に夏目は膝をつく。
「少し外に出るか?」
『ん………』
顔を上げた雪野が息を飲んだ。
『貴志君、後ろ…』
ーーーーザワ…
雪野が震える声で訴えた時、夏目も感じ取った。
ーーーーダンッ.
「!!」
『貴志君!』
何かに突き飛ばされた夏目はすぐにその正体を睨みつけた。天井に長い髪を振り乱す黒い影が見えた。
「…め…おのれ…人め!ゆるさん、おのれ…」
ーーーーばっ.
「!!」
ーーーーガッ.
「!…玄…」
再び黒い影が夏目に襲いかかろうとしたが、間に飛び込んだ玄が夏目を庇い黒い影を抱きとめた。
「ーーーー夏目様」
ぎゅう、と玄は黒い影を大切そうに抱きしめた。
「これが、翠なんだ」
「ーーーー…え」
玄の言葉に、黒い影を面食らい夏目と雪野は見つめる。
「だって、それが悪霊…」
「ああ、翠が悪霊になったんだ」
だから玄は、自分の手でどうにかしたかったのだと言う。
「翠、帰ろう。一緒に…」
「うう…」
ーーーーカッ.
「放せ!!」
「!!」
「玄…」
拒絶した翠に弾き飛ばされた玄は、人型から雪兎へと戻ってしまった。
「ぎゃぎゃ」
『!悪霊が』
玄から逃げた翠は、廃屋から外へと飛び出してしまったが、玄も心配であったため、一時中断し藤原家へと戻った。
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