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「ーーーーねぇ、二人は「妖怪」が見えるんでしょう」
ドクン、と。見据える多軌の言葉に心臓が大きく跳ねる。
「ーーーー何…」
「聞いたの」
「…誰に…」
「「妖怪」に」
睨むように夏目の顔が強張る。
「ーーーー私は妖を見ることは出来ない…けれどこのサークル内に入った妖なら、その間だけその姿を見ることが出来るの」
この陣は、多軌が妖の姿を見るためのものだったのだ。
「ーーーーこのメモは、亡くなった祖父が残したものなの」
地面に腰を下ろし、多軌はポケットから地面に描いていたものと同じ陣が描かれたメモを見せた。
「不思議な図形だから、私はよく真似て庭に落書きしていたの。そしたらある時、その輪の中に小さな天狗の姿が見えたの。目の錯覚かとも思ったけれど、数回そんな妙なものを見てーーーー…ああ、これは「妖」なんだって気付いたの」
多軌は淡々と話を続ける。
「ーーーー先祖が陰陽師のようなことをやっていたらしくて、亡くなった祖父はいつも妖を見てみたいって憧れていたから……私は嬉しくて時々こうしてこの陣を描いて遊んでいた」
ーーーーそんなある日、陣の内を大きくて恐ろしい妖が通っていく姿を見てしまった。
「ーーーー禍々しいその妖は私に気付いてこう言ったの」
ーーーー人間のくせに私を見たな。生意気なお前を祟ってやろう。しかし遊んでやってもいい。あと三百と六十日やろう。それまでに私を捕まえることが出来たら、お前の勝ちだ。見逃してやろうーーーー出来なければお前の負けだ、食ってやる。そうしてお前の記憶を遡り、お前が最後に名を呼んだ人間から十三番目までの十三人を喰うとしよう。
「じゅ、十三人…!?」
「…容赦のない数だな」
内容も内容だがその人数に夏目と雪野はぞっとした。
「あの妖が本気かわからないけれど、私は極力喋らないようにしてきた…ーーーーけれど自分でも気付かず名を呼んでしまった人がいるかもしれない。だから私は勝たなければいけないのーーーー名を呼んでしまってごめんなさい。でも、どうか力を貸して欲しいの」
正面から向き合う多軌を雪野は見つめ返す。そして、話を整理し今朝見つけた胸の文字を思い出した。
『……あの「壱」って、喰われる順だったんだ…』
「何?」
「壱って?」
『胸に出てたの。鏡に一瞬名前と番号が』
「なら今は俺が「壱」か…多軌。ここに居るものが見えるかい?」
隣にいるちょびひげ妖を夏目は示す。
「ーーーーいいえ」
多軌の目には、夏目が誰もいない隣を示してるようにしか見えない。
「ーーーーじゃあ、こうすると見えるってことかい?」
陣へと踏み出した夏目は、ちょびひげ妖の手を引いた。じっと多軌は目を凝らす。空中を掴んでいた夏目の手の内に手が見え、そしてーーーー。
「!!?顔のでっかいちょびひげがーーーーっ!!」
「ーーーー…正解だ」
斑を抱きしめ多軌は顔を青ざめ叫ぶ。誰が見てもちょびひげがポイントのようだ。
「期日が近づき、あの娘なりふり構わず陣を描いて探しはじめたってわけか…」
家に帰り、風呂上りの斑は雪野に拭いてもらいながら呟く。
「ふふ。お前達の余命も少ないということか」
ふふふ。とほくそ笑む斑だったが、くるりと首だけ振り向く。
「…しかし、ここまで育てたものを他の奴に喰われるのは惜しいな」
「育ててもらったおぼえはないぞ」
「貴志くーん、雪野ちゃーん、ご飯よー」
『はーい』
塔子の声にダイニングへとおりる。
「うわ、ごちそうですね」
「ふふ、安売りだったの。主人はおそいから食べましょう」
大皿に盛られた様々なおかず。席について手を合わせると、早速箸を手にする。
「聞いて聞いて二人とも。今日ね」
笑顔で無邪気に今日あったことを話す塔子。楽しそうな塔子に雪野も時折笑って相槌を打つ様子を見て、夏目は多軌を思い出した。
ーーーーあのタキという女の子は、もう一年近くもあまり喋らないようにしてきたんだろうか。誰の名も呼ばないように。
「(おしゃべりが好きそうな、普通の女の子だったーーーー…)」
斑を抱きしめた時の多軌の嬉しそうにはにかんだ笑顔が思い浮かぶ。
「ーーーーん?どうしたの?貴志くん」
「ーーーーいいえ」
きょとんとした塔子に夏目は笑って誤魔化した。
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