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5


「!」



はっと夏目は目を見開いた。



「ーーーー私の心をのぞいたね夏目」



同じものを見た雪野は、人魚を見つめる。



「ーーーーそうさ。私は彼女に失望して、意地悪してやろうと小ビンにはぶどうの汁を入れてやったのさ。そしたらあの子は泣きそうな顔で笑って「ありがとう」ってーーーー…私はその時、自分自身にも失望してしまったんだ」



笹舟の脳裏に、幼い千津の笑顔が思い浮かぶ。



「人間に関わるとろくなことがないーーーーでも…よかったんだね」



踵を返して雪野はベンチまで行くと、回復したらしい千津の手を引き夏目と笹舟のもとへ。



「ーーーー伝えてやってくれ夏目。意地悪してごめんって」

「ーーーー待て笹舟…自分で伝えろ」



千津に会わず、何も伝えず消えるつもりの笹舟に夏目は追い縋る。



「千津さんだってきっと…きっとーーーー…」

「夏目くん…?」



はっと、千津と笹舟は目が合い息を飲む。



「人魚さんーーーー…」



綻ぶ千津の笑顔が、幼い頃に見せてくれた笑顔と重なる。



「元気で」



たった一言。その一言に全てを込めて、笹舟は消えた。



「ーーーーきこえましたか?千津さん」



空を見上げる千津の横顔に夏目はそっと尋ねた。



「ーーーーええ。あの時と同じ、優しい声が…」



ーーーーぶどうの汁で、不死になれるはずもなく…気になった夏目達は数日駅にはりこんで、写真を見せてもらった蛍一そっくりの人をつかまえたのだ。



「ーーーーそう。お孫さんだったの」

「ええ。塾で時々あの駅に」



ベンチに千津と夏目は腰を並べて座る。



「お孫さん、千津さんにおじいさんのこと聞きたいそうです」

「え?」

「そろそろだ…あ、来た」



人の波の向こうに、夏目は手を挙げる雪野を見つけた。



「蛍一さんが亡くなったのは三年前だそうですーーーーとても、お幸せだったようですよ」



雪野の後ろを、誰かが一緒について歩く。その姿が近づくにつれ騒音は消えていき、そして、相手と目があった。

ーーーー千津ちゃん。

確かに聞こえた気がした。懐かしいあの笑顔とともに。けれどよく見れば、蛍一に似てはいるものの別人だ。目に涙を浮かべ、千津は笑った。



ーーーー側にいてほしい

側にいたいと

願ってそれが叶うことの貴重さを



噛みしめて

きっと生きている



「しかし傷心の人魚から名を奪うなど、レイコはつくづく鬼畜だな」

「……笹舟、千津さんまた来るってさ」

「…」



池へと告げるも、水面は葉っぱがおりて揺れるだけ。



「いつでも助けてもらえると思うなよ」



水面に浮かぶ葉っぱにちょっかい出しながら斑は言う。



「人には出来ないことが多い。そのくせお前達はそれを忘れやすいんだ」

「ーーーーああ、そうだな」



非力さは痛感している

なのにそれをうっかり忘れ

たとえば

いつまでもこのままでと

叶わないことをつい願ってしまうんだ





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