「これが晩餐…かね?」
「はい」
「てっきり京懐石か何かかと」
「クラウス様、ご存知でしたか…?」
「え?え?」
キラキラとした笑顔を浮かべたセバスチャンにクラウスはたじろぐ。
「丼とは古来日本から労働者をねぎらうごちそうとして用いられてきたものなのです。一仕事終えた功労者に感謝とねぎらいの意を込めてふるまわれた料理…それが丼という食べ物なのです!!」
早口にドオオオン、と言い切ったセバスチャンにクラウスは衝撃を受けたように固まった。
「かつては庶民が憧れた宮廷料理゙芳飯゙というものが、丼の元祖と言われております。それに…凝りに凝った料理に、クラウス様の舌は飽いていらっしゃるかと思いまして。最高級の肉を、シンプルに味わって頂くために、このような趣向をこらしてみました」
使用人達からはもう拍手喝采。
「はっはっは!シエル、ダリア!!最高だよ、君達はいつでも私を驚かせてくれる!」
はっとしたクラウスが盛大に笑いながら言う。
「この業界にはユーモアに欠ける連中が多くてね。だが、君達とならこれからも楽しくやれそうだ」
「それは光栄だな」
やったあっ!!成功だあっ、と使用人達はガッツポーズ。
「日本の丼がそんなに奥深い料理だったとはな。君は実に知識人だ」
「恐れ入ります」
知識人?とシエルとダリアは顔を見合わせてハッと鼻で笑った。二人が思うように、書斎はセバスチャンによって日本関係の本が散らかりっぱなしだ。
「正に君らの言う通り、イタリアの濃い料理に飽き飽きしていたところだ。頂くよ」
「ワインの方はお口に合わせまして、イタリア産のものをご用意いたしました」
ワインをのせたワゴンの横に立っていたメイリンだったが、セバスチャンが言っても何の反応もない。
「メイリン!」
「はっ、はい?」
「はい?じゃなくて、ボーッとしてないで…グラスにワインを」
ボソッとセバスチャンが呆れたように耳元で言えば、メイリンはボン!と音が出るほど真っ赤になった。
「…なぁ」
「うん?」
「なんかお嬢ちゃんの様子がおかしくねーか?」
バルドが言うように、メイリンはギギギと錆びたような音を出しブルブルと震えながらワインを構える。
「あっ…」
「「ああ゛ーーーーっ!!!」」
二人はあんぐりと口を開けて驚愕した。
「メイリンさん、ワインこぼしてるゥゥゥゥ!!!」
「「(このままじゃ今までの苦労が台ナシにいいいいいーーーー!!!)」」
それにはシエルとダリア、セバスチャンも驚いて固まった。幸いクラウスはあやめに気を取られているが、こぼしたワインが流れてクラウスの服にこぼれ落ちそうだ。もうおしまいだ!!!とバルドとフィニが声にならない悲鳴をあげた時だった。
音もなく、セバスチャンがテーブルクロスを引っ張り出したのだ。
「…ん?…お…おおっ!!?テ…テーブルクロスはどこにいった!?」
クラウスが驚き声をあげると、同じように驚いていたシエルとダリアはふ、と笑いまた食事をはじめた。
「クロスにちょっとした汚れがついていたから下げさせた」
『気にしないでちょうだい』
「大変失礼致しました。ごゆっくり、お食事をお楽しみ下さい」
一礼するとセバスチャンはふー…と息を吐きながらバルド達のもとに戻った。
「すごいっ。すごいですセバスチャンさんっ」
「おうおうヒーローのご帰還だ!オレの国じゃあ、お前みてーな奴のことスーパーマンって言うんだぜ」
「…スーパーマン≠ネどではありませんよ…私は」
がっし!!と肩を組ながら言ってきたバルドに若干引きながらも、セバスチャンは笑みを浮かべながら言った。
「あくまで、執事ですから」
その頃のシエル達はーーーー。
「君達の執事は実に有能だな」
「…有能?奴(アレ)は僕らの下僕(モノ)として、当然の仕事をしたまでだ」
ふっと笑いながらシエルが言えば、「厳しいな」とクラウスは愉快そうに笑った。
「だがきっと英国中捜しても、あれだけの器量を持つ逸材は中々いないぞ?」
「当然だ」
『でも、私達が彼を雇っている理由はそれだけじゃないわ』
「?」
「ーーーー僕らは、セバスチャンのスイーツより美味いスイーツを、まだ食べたことがなくてね」
丼の時同様にsweets?甘味?ときょとんとしたクラウス。
「ーーーーふ、ははは!確かに子供(キミ達)には実に重大な理由だな!」
『…今日のデザートが』
「楽しみだ」
「お待たせ致しました」
ちょうどその時デザートをワゴンにのせてセバスチャンがやってきた。今日のデザートも美味しそうだと、二人は満足げに笑っていた。
……さて、ここで一つの疑問が。
フィニが買ってきたのはあやめの球根だったのだが、セバスチャンはどうやって咲かせたのだろう?
……結局わからなかったフィニは、ま、いっか∨で片づいたのだった。
next.
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