その日の夕方、屋敷の前に一台の車が止まった。
「やれやれ。本国は遠いなまったく」
その車から降りた、仕立ての良いスーツを着た初老の男は、真っ直ぐに玄関前まで歩いてきた。
「ここに来るのも久しぶりだ」
玄関前の階段に座って雑談していたシエルとダリアは、人物に気づくと立ち上がった。
「来たかクラウス」
「ボナセーラシエル!ダリア!元気にしていたか?少し背が伸びたかな?」
「残念ながら変わってない」
『右に同じよ』
話しながら三人は階段を登っていく。
「それは失礼!相変わらずで何よりだ」
「貴殿も相変わらずだな」
『元気そうで何よりだわ』
「いらっしゃいませクラウス様」
ダリアが扉を開けると、屋敷内の使用人達全員がクラウスを出迎えた。
「おお…これは…」
クラウスは屋敷内を驚いたように見渡す。
「あの屋敷を綺麗にしたものだ」
「お待ちしておりました、クラウス様」
「セバスチャン久しぶりだ!どうやらこの家にも新顔が増えたようだな」
そう言って荷物を預かると言って出たフィニに、クラウスは「帽子も頼むよ」と帽子をかぶせた。
「主人達と積もる話もおありでしょう。すぐに晩餐の用意を致しますので、どうぞ中庭へ」
「中庭?」
きょとんと首を傾げたクラウス。
「この度のご苦労に見合うもてなしを、主人達から申しつかっております。お気に召して頂ければ幸いです」
そう言ってセバスチャンが開けた先に広がっていたのは、日本人に顔負けしないほどの出来映えの石庭だった。
「どうぞ、おくつろぎ下さい」
「おお…!」
「日本に伝わる石庭(ストーンガーデン)と申します」
その様子を見ていたダリアはコソッとシエルに問いかけた。
『なにこれ』
「大方、あの三人が何か仕出かしたそのカモフラージュだろう」
その時クラウスがダリアを見た。
「ダリアはせっかくなのだから、キモノを着てみたらどうだ?」
『え?』
虚を突かれたように思わず眉根を寄せていたダリアは取り繕ってぎこちなく笑う。
『クラウス…生憎だけど、我が家にキモノなんて…』
「ご心配には及びません、お嬢様」
バサッという音と共に布が翻ったかと思うと、ダリアの服装がドレスから着物に変わっていた。
「こんなこともあろうかと、ご用意しておきました」
『……』
え゛、え?とダリアは顔をひくつかせながら服を見る。
「おお!見事だよダリア。まるでヤマトナデシコのようだ」
『…それは、光栄だわクラウス』
満足げに笑顔を浮かべるクラウスに、ダリアは苦笑いしつつお礼を言う。
「セバスチャンお前いつのまにアレを…」
「ファントムハイヴ家の執事たるもの、このくらい準備が出来ずどうします?」
横目に見てきたシエルにセバスチャンは当然と言わんばかりに言った。
『シエル、似合う?』
袖を持ち上げその場でクルッと回って見せたダリア。
「まあ、悪くないんじゃないか?」
『…そう』
満足そうに笑ったダリアにシエルも笑い返した。
「お茶のご用意ができております。どうぞあちらへ」
セバスチャンが指す先にはテーブルがあった。
「あやめ(ジャッジーロ)が実に美しいな。枯れ木と花…ワビサビ≠ニいうヤツか」
「失礼します」
湯のみにセバスチャンは急須でお茶をつぐ。
「お茶まで日本(ジャッポーネ)風か。凝り性だな君も」
「勿体ないお言葉恐縮です」
「こりゃ夕食も期待できそうだ」
そんなやりとりをあやめに埋もれながら三人が見ていた。
「す…すごいですセバスチャンさんっ」
「口八丁手八丁で切り抜けやがった」
実際のところはティーカップがないだけなのだ。
「ところでクラウス、例の品だが」
「ああ。約束通り持って来た。君達が欲しがっていたゲームだ」
そう言ってクラウスは箱型のゲームカセットほどの大きさをしたものを差し出した。
「イタリアでは未発表でね。手に入れるのに苦労したよ」
「ふん、苦労ね。朝からやたら強調するな」
「そりゃそうさ。王子様とお姫様は従者に苦労に見合うご褒美≠くれるものだろう?」
『一理あるわね』
「ご褒美≠ノ見合うゲームならいいがな。この間クリアしたのはさして面白くもないエンディングだった」
「やれやれ。子供(キミ達)の手にかかればゲームなどひとたまりもないな。どうせまた、すぐに次をよこせと言うんだろ?」
「そう。子供(ボクら)は享楽(ゲーム)に貪欲だ」
「そんな君達だから、その若さにしてファントムハイヴをこの国一の玩具メーカーに成長させたんだろうがね。まったく、姉弟揃って末恐ろしいよ」
「お話中失礼致します」
ん?と三人はそちらを見る。
「晩餐の準備が整いましたのでお持ち致しました。本日のメニューは当家の料理長(シェフ)バルドロイによる、牛たたき丼でございます」
DON??とシエル、ダリア、クラウスはなぜどんぶり?と言うようにきょとんとした。
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