「お待ちしておりました。ファントムハイヴ伯爵、ファントムハイヴご令嬢」
「ジョーカー…」
シエル達を迎えたのはジョーカーだった。
「どうぞ、お入りください」
三人を屋敷内へと招き入れると、扉を閉めたことで暗闇と化した中、ジョーカーは指を鳴らし蝋燭に火をつけた。
「『!!』」
明るくなった事で周りがわかるようになって見たシエルとダリアはぎょっとした。セバスチャンは微動だにしなかったが。
「これは…!!」
『人形のパーツ…!?』
壁に、天井から、床に、檻に…至る所に未完成なのか、はたまた壊れたのか知れない人形達がそこにあった。あまりのことに茫然と二人がそれらを見ていると、階段からジョーカーが声をかけてきて、三人は後をついていった。
「どう致しますか?彼を殺して今すぐ子供を救出しに?」
「待て」
小声で話しかけてきたセバスチャンにシエルが待ったをかける。
「まだ子供達が生きているなら、まずは頭(ケルヴィン)から押さえた方がいいだろう」
『彼の目的と実状を把握しなくては、女王陛下に報告もできないしね…』
「かしこまりました」
その時、前方を歩いていたジョーカーからクスクスと笑い声が。
「人は身かけによらへんってホンマやったんやね」
肩を震わせて笑うジョーカーをじっと見る。
「あんさんらそんな小っこい体で、芸名が女王の番犬∞悪の貴族≠ゥ。難儀やなぁスマイル、リトル」
「僕の名前はシエル・ファントムハイヴ伯爵、こっちは僕の姉ダリア・ファントムハイヴ嬢だ。使用人が気安く声を掛けるな」
「…確かに、お貴族様どすな」
シエルに向かって肩をすくめながらクス、とジョーカーは笑い、扉の前まで来るとスッと立ち止まった。
「晩餐の準備が整っております」
「こちらへ」、と扉を開けた先には、灯りが点っているのに薄暗さを感じる空間に、長テーブルが中央に構えていた。シエル、ダリアが席についてセバスチャンが二人の間についた時、甲高い歯車が廻るような音がしてきた。
「おいでのようです」
セバスチャンが別の扉の先を見つめながら言うと、扉の中から目を疑うような光景が現れた。
「きっ、来てくれたんだね。ファントムハイヴ伯爵にご令嬢」
シエルもダリアもその人物を見て戸惑った。
「ああ…夢みたいだ!君達がこんな近くにいるなんて!こんな姿で君達に会うのは 恥ずかしいんだけど…」
もじもじと照れ笑いを浮かべる彼は、顔中を包帯で覆い車椅子に乗っていた。顔は左目、鼻、口が見えるだけでだった。
「…貴殿がケルヴィン男爵か?」
「そうだよ、改まるとテレるな」
二人とも、写真で見た面影がないことに訝しげに眉根を寄せていた。そんなことに構うことなく、何やらテンションが高いケルヴィンは用意されていく料理を指した。
「君達のためにごちそうを用意したんだ!ワインは1875年物、伯爵が生まれた年のワインだよ」
ケルヴィンが言ったワインをジョーカーが準備していく。
「残念ながら、ご令嬢の生まれた年の美味しいのは見つからなくてね。でも、ちょっとキザだったかな」
そんな事は右から左の二人の前に用意されたワインが置かれたが、先に口をつけたのはセバスチャンだった。
「毒は入っていないようです」
「フン。鼠に出された料理などに手をつける気などない」
『毒味は不要よセバスチャン』
「ーーーーそれより、あの子供達…」
シエル達が視線を向けた先には、無表情に料理のセッティングをしていくメイド姿の子供達が。
『資料に見覚えがないわね…』
「警察に上がってきている情報以外にも被害者がいると思ってよさそうですね」
「しかしあの様子は…」
「そうだっ!!」
急に声をあげたケルヴィンに視線を向ける。
「ただ食事をするだけじゃ、伯爵もご令嬢も退屈だよね。ジョーカー」
特に楽しみたいとも思っていないのだが、と思っている最中にケルヴィンは傍らに控えていたジョーカーを呼ぶ。
「アレをやっておくれ」
「え、し、しかし…」
「いいからやってよ」
「……はい…」
「『?』」
頷かなかったジョーカーにケルヴィンはぎろりと片目で睨みをきかせると、ジョーカーはうなだれあまり気乗りしなさそうに返事をした。その様子をシエルとダリアは疑問符を浮かべながら見ていた。すると、カッと閉じていた目を開き迷いを捨てた目でジョーカーはステッキを鮮やかに操った。
「ようおこしやした、ファントムハイヴ伯爵にファントムハイヴご令嬢。今宵は特別に貴方がたをめくるめく歓喜の世界へとお連れ致しますえ」
ズラッと横一列にステージに並んだ子供達を見て、何を始めるのかと二人は見ていた。ケルヴィンは楽しそうに拍手をしていたが。
「まずは綱渡りにございます」
ジョーカーが手を向けた先には、少女が上空の台に立っていた。そして少女はバランスをとるためのステッキを手に綱へと足を踏み出した。
「命綱などは一切なし。正真正銘の」
次の瞬間、少女は縄から空中へとおり、室内につぶれる音と不格好なくぐもった声が響いた。
「な…」
『……!』
思いもしなかった事にダリアは思わずガタッと椅子から立ち上がった。その場の者皆が…ジョーカーすら苦しそうに顔を歪め不快な思いをしている中、一人の拍手が響いた。
「あはははははは」
楽しそうに笑うのは、ケルヴィン。何事もなかったかのように舞台袖から子供達が出てきて、少女をズルズルとひきづり片づけ始めた。
「お次は猛獣使い」
用意されたのは檻の中にいるライオンとムチを持った少年。
「獰猛なライオンを見事ーーーー」
ライオンを檻から出した瞬間、少年はライオンに喰われた。
「あははははははははははははははははははは」
さらにはしゃぎたてるのはケルヴィン。
「さあ」
最早勢い任せに、ジョーカーは早々と次の演目を準備した。
「お次はナイフ投げ!磔の少女の運命やいかに!?」
ナイフを少年が構えた瞬間、はッとダリアは少女を見る。
『止めろセバスチャン!!』
ーーーービシッ…
眼と鼻の先でナイフを指ではさんで止めたセバスチャンは、スッ…と立ち上がると少女の仮面を外した。
「コーンウォール地方で行方不明になっていた、エラリー・ニクソン…」
片手にはいつの間にか資料が。
「間違いありませんね。流石はお嬢様」
少女が無事だったことに、あからさまにジョーカーはホ…としていた。
「誘拐した子供達をそのまま出演させる。成程、サーカスにはこの様な楽しみ方もあるのですね」
『そんなわけないでしょう』
乱れた髪を整えながら、呆れたようにダリアが言う。
『こんなショー、微塵も楽しくないわよ』
「ごっ、ごめん。コレも気に入らなかった!?」
俯いて髪が邪魔でダリアの表情が伺えないが、言葉からケルヴィンは気に入らなかったと慌てだした。
「ジョーカー!すぐに片付けて」
『その必要はないわ』
「え…」
「もうやめた」
今まで黙っていたシエルの声は、ケルヴィンを戸惑わせるのに十分だった。
「家畜にも劣るグズと、同じテーブルにつく趣味はない」
「えっ、えっ、どうしたの?」
椅子から立ち上がると、シエルはダリア"追い越しケルヴィンに近づいていく。
「ダリア、女王陛下への報告は…わかっているな?」
『もちろん…低俗で、醜悪で、変態な』
「最低の下衆は、番犬が始末した≠ニ!」
次の瞬間シエル、ジョーカー、セバスチャンはそれぞれ武器を向けていた。シエルはケルヴィンに銃口を、ジョーカーはシエルに仕込み刀を、セバスチャンはジョーカーに先程のナイフを。
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