『さて、と。あとは視察だけね』
お菓子を食べ終え、満足そうなダリアに、セバスチャンはお菓子の入った紙袋を片手に眉を下げてため息をしていた。
本日の目的である百貨店へと出向き、ダリア達が訪れたのは女性で賑わうコーナーが目白押しの階だ。お洒落に気を使う女性を狙った商品ばかりで、ファントム社の姿もそこにはあった。
「ファントム社の新商品で〜す。乙女のためのパフューム、お試しくださ〜い」
ファントム社が売り出していたのは香水。売り子の女性達は笑顔でカゴにある、カードタイプの試供品を配っていた。
「ぜひサンプルお持ちくださ〜い」
近くまで来たダリア達全員に、売り子の女性は自然な笑顔を向けながら素早い手つきで配った。ちなみに、これは女性向け商品だ。女性のメイリンは嬉しそうだったが、男性のバルドは困惑。
『男にも配ってどうするのよ!!いらないでしょ…!!』
「担当者によく言っておきます。しかし…」
苦笑していたセバスチャンは、売り子の隣に立つ着ぐるみを見た。
「あのイメージキャラクター、もう少しどうにかならなかったのですか?」
ぱっちりした目に、ずんぐりむっくりな馬の体。首には綺麗なネックレスをかけた、ユニコーンの着ぐるみだ。だが、子供からは恐いと号泣され、ユニコーンもたじたじ。イメージアップが、イメージダウンへと繋がっているようで、客の姿は少ない。
『ファントム社はラインごとにアイコンを分けているわ。猫は製菓に、兎は玩具に、蛙は雨具に使ってしまってるし…』
「それで乙女をイメージしてユニコーン…と」
『言わないで。シエルにはもうさんざん言われた後よ』
「お前…これはないだろ…」そうドン引きした目で言われた時を、げんなりとダリアは思い出す。
「発展目覚ましい女性向け商品に目を付けた坊ちゃんは流石でしたが、それを任されたお嬢様には残念ながらセンスがなかったようですね」
『うっさい!ニヤニヤすんなッ。もっと効果的な宣伝を考えれば…』
「キャーーーーッ!!!」『!?』
突如響いた女性の悲鳴。その直後、ガラス製のものが砕けるような音も響いた。
「な…なんだァ!?」
ただ事ではない悲鳴と音に、その場は困惑にざわめく。バルドもぎょっと驚き、聞こえてきた外の方を見つめていたが、その隣をセバスチャンがダッシュで通り過ぎた。
「オイどこ行くんだよ!?」
「お嬢様を頼みます!」
猛スピードで駆けていってしまったセバスチャンを、呆然と見送った。仕方なくその場でセバスチャンの帰りを待つことになったが、なんとも勝手な行動と待たされる事にダリアは苛立ちを隠さない。
『アイツはドコに行ったのよ!?』
「戻ってきませんね〜〜〜…」
使用人達もどうしたものかと困惑していた時だった。
ーーーードドドド…
『ん?』
鳴り響く地響きにダリアは顔を上げ血の気を引かせた。
「あれよ!!」
「ファントム社の香水!」
「ファントム社の香水ひとつください」
「私も私も〜!」
我先にと売り場まで押し寄せてきた女性の手には、試供品であるカードが握られている。 だが、そんな事はどうでも良くて、突撃してくる女性達の勢いに圧倒されたダリア達は、巻き込まれてもみくちゃに。
『な…何が起こってる!?』
「わかりませぇ〜ん!!」
ーーーーグイッ.
『ぐえっ』
人と人に挟まれ、抜け出そうにも抜け出せない。目的の香水にしか目がない女性達にされるがまま、圧迫されていたダリアだったが、ドレスごと引っ張り出され苦しそうに声を上げた。
「情けない鳴き声ですねぇ…」
『セバスチャン!』
ダリアを抱き上げ救出したセバスチャンは、呆れたようにため息をしていた。それよりダリアが物申したいことは別にある。
『貴方今まで……って、なによその格好は!?』
セバスチャンの腰から下は、あのユニコーンの着ぐるみだった。傍らにはユニコーンの頭も置かれており、子供には見せられない。怒鳴りつけようとしたダリアは、あまりの格好と驚きにツッコまずにはいられなかった。
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