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その執事、登校





「しまった。遅刻するっ」



早朝。ファントムハイヴ伯爵こと、シエル・ファントムハイヴはクッキーをくわえて珍しく急いでいた。



「まっ、待ってください!!」



目の前で閉まりいく門に、加速してなんとか隙間から潜り込む。背後から痛々しい視線を感じるが無視だ。



「間に合った…」



ゼーハーと乱れた息を整えていたシエルは、前方にそびえる年期を感じながらも立派な建物を見上げた。

ーーーーウェストン校。

ここはテムズ川のほとりに学び舎を構える、英国屈指の名門寄宿学校(パブリックスクール)である。その広大な敷地は複雑に入り組んだ巨大な校舎をはじめ、ゴシック建築の荘厳な礼拝堂や歴史ある4つの学生寮を内包している。生徒達は伝統を重んじる厳しい戒律に縛られた男子のみの寮生活と、独自のカリキュラムによる高度な教育により真の英国紳士に育つとされ、貴族達はその輝かしいステータスを得るため超高額な学費にも関わらず、こぞって子息をこの学校に入学させたがった。




「(何事も最初が肝心だ。気を引き締めなくては)」



帽子をかぶり、いざ一歩を踏み出した瞬間ーーーーざわっ!



「見ろよ…」

「あいつ芝生に入ったぞ」

「P4でもないのになんて奴だ」

「…!?」

「信じられない」

「「Y」確定だな」

「あーあ」



コンクリート製の地面から緑の芝生の地面に踏み出した瞬間、周りの生徒達から一斉に注目を浴びひそひそと囁かれた。



「一体何「あっ、見ろ!おでましだぞ!」



どういう事かと口を開くが、それをかき消す声に何が来たのかとそちらを見た。



「P4(プリーフェクト・フォー)だ!」



明らかに一般生徒とくくることは出来ない出で立ちの四人組が現れた。それぞれ綺麗に個性が分断されているのが見ただけで分かる。と、赤いベストを着た生徒がこちらを見た。



「!」



ちなみに未だにシエルは芝生の上。キッとシエルを睨むように見たその生徒は真っ直ぐにシエルに向かってきた。



「やばいぞあいつ!」

「あちゃーっ」

「いい気味だ」



グイッとネクタイを掴まれ覚悟を決めて目をつぶる。



「(殴られる…!?)」



ーーーーキュッ…



「タイが曲がってるぞ」



シエルの予想に反し、相手は笑いかけながらネクタイを締め直してくれた。どよめく周りだが、シエル自身も呆気にとられる。そんな周りの反応を気にせず、その生徒はシエルを見下ろしながら首を傾げた。



「お前、名前は?」

「ファントムハイヴです」

「聞かない名だな」

「確か今日から、青寮(ブルーハウス)に新入生が来ると校長に聞いていたが…お前か?」

「はい」



バットを手にした体育会系な、緑のベストを着た生徒に頷くと、隣の青いベストを着た眼鏡のインテリ系の生徒が本に目を向けたまま口を開いた。



「ウェストン校校則第48条芝生を横切っていいのは監督生(プリーフェクト)とその許しを得た者のみ≠セ。校則ぐらい入学前に暗記したまえ」

「申し訳ありませ「早く校舎に入ろう。外は陽が眩しすぎる」



慌てて謝罪するシエルの言葉を遮って最後の一人、猫背のフードを目深にかぶったある意味一番目立つ、紫のベストを着た生徒がさっさと歩き出した。トンッ、とシエルの額に最初の赤ベストの生徒が笑いながら指先を軽く当てた。



「次からは気をつけろよ。ファントムハイヴ」



額に手をやり、何だったのかと呆然と去っていく4人をシエルは見送った。



「君ラッキーだったね!芝生に入ったのにお咎めナシなんて」

「わっ!」



明るい声と共に背後からのいきなりの衝撃。



「僕はマクミラン。君と同じ青寮の1年さ!」

「あ…ああ」



拾ってもらった帽子を礼を言って受け取る。



「ところでさっきから聞こえる「P4」とか「Y」とか一体なんなんだ?」

「「Y」は罰の単位。「Y」一つにつきラテン語の詩を100回書かされる」

「P4は?」

「さっきの4人組、色の付いたベスト(ウエストコート)を着てただろ?この学校では監督生だけが好きな生地で仕立てたヤツが着れるんだ」

「監督生?」

「いわゆる寮長だよ」



赤いウエストコートは特別高貴な身分の生徒が集まる『深紅の狐寮(スカーレット・フォックス)寮』の監督生ーーーーエドガー・レドモンド。

緑のウエストコートは武道やスポーツに長けた生徒が集まる『翡翠の獅子(グリーン・ライオン)寮』の監督生ーーーーハーマン・グリーンヒル。

青いウエストコートは勉学に長けた生徒が集まる『紺碧の梟(サファイア・オウル)寮』ーーーーロレンス・ブルーアー。

紫のウエストコートは一芸に秀でた生徒が集まる『紫黒の狼(ヴァイオレット・ウルフ)寮』の監督生ーーーーグレゴリー・バイオレット。



「ウェストン校の伝統ある4つの寮の4人の監督生…略してP4!!」

「はぁ…」



カッコイーッとオーラを輝かせるマクミランの後ろでなんとも冷めた返事。



「ああ…憧れるなあ…僕もいつかは監督生に…なんちゃって!!」



ほわほわと花を飛ばしながらマクミランは遠い日を夢見る。



「しかし芝生も横切れないとは、非生産的な規則だ」

「ははっ。『伝統』だからね」



ーーーーカラーン カラーン.



「おっと!授業に遅れるよ、急ごう!Yはごめんだよ!」

「ああ」



鐘の音に走り出したマクミランに続いて、シエルも走り出した。その姿は、どっからどう見てもただの新入生…一般生徒だったが、わざわざシエルが入学するはずがない。






かわいい坊やとスモール・レディへ



カンパニア号の件は災難でしたね。
もう具合は良くなって
イースターを楽しんでいるかしら?

私はと言えば折角のイースター
休暇のはずなのに心配事があって
心から楽しめていません。

その心配事とは
私のいとこのクレメンス公爵の息子
デリックのことです。

デリックはウェストン校の5年生。
だけど、何故か去年の夏休みから
帰省していないそうなの。

毎日手紙をくれる子だったのに
それもぱったり…。

心配した夫人が寮を尋ねても
帰ろうとしないとか。

彼一人がそうならば
ただの反抗期かとも思うのだけど
どうやら何人もの生徒が同じように
家に戻っていないそうなの。

彼らは一体どうしてしまったのでしょう。

一人息子がそんな様子で
クレメンス公爵も元気をなくすばかり…とても心配です。

一日も早く私の大切な人達が
皆心穏やかにイースターを楽しめることを願って…。



ヴィクトリア







「ーーーーつまり、ウェストン校から生徒が戻らない原因を調査せよ」



カチャ…と小さな音を立て、紅茶が入ったカップが写真の隣に置かれた。



「と、仰せなのですね」

「寄宿学校は政府の介入を一切受け付けない、独立した機関だから手を出しづらい…」

『というよりは、事を荒立てて身内の事情を公にしたくないんでしょうね』



読み終えた手紙を何やら折り曲げながらダリアが興味なさげに言うと、セバスチャンはため息。



「こんな時まで世間体とは…やれやれ。これだから人間は」

「誰かを潜入させたいところだが、ウェストンといえば貴族の子息ばかり集まる学校…爵位を持つ人間は少ない上にほとんどが顔見知り…潜入となれば偽装は危険だ」

「ーーーーでは直々に?」



セバスチャンはシエルを見つめた。



「仕方あるまい。まあ女王に貸しを作るのも悪くないだろう」

『ま、さすがに私は無理ね。以前のシエルのように私が男装したって、あそこじゃ意味ないわ』

「だな。問題はウェストンに空席があるかどうかだが…」



白々しい言葉にセバスチャンは笑みを浮かべた。



「そんなもの、ないのならお作りになれば良いのです」



ふ、とシエルとダリアは笑った。



『学校内の調査はシエルがする方がいいわね』

「ダリアとお前は見つからないように僕をサポートしろ。やり方は任せる」

『オーケー』

「御意、ご主人様」



セバスチャンは胸に手を当て軽く頭を下げ、ダリアは出来上がった紙ヒコーキの先をシエルに軽く当てた。






ーーーー
ーーーー
ーーーー






「それにしても、コレット先輩が急に休学するなんてね」



生徒達の談笑にざわつく教室内でシエルは親しくなったマクミランと話していた。



「君も変な時期に入寮が決まって、大変だったでしょ?」

「ずっと空き待ちしてきたんだ。準備ぐらい喜んでするさ」

ボーイ・アップ!



勢い良く開かれた扉から、上級生らしき生徒が声を張り上げた。



「え?」



いきなりマクミランが走り出した。



「あの号令で最後に集合した奴が先輩達の用事を言いつけられるんだ!」

「何!?」



それを聞くやシエルも大急ぎで朝同様走ったのだが…。



「最後は…新入りか」

「はい…」



結局ビリだった。



「では、監督生の靴みがきが終わり次第寮に戻れ。お前の歓迎会をしてやろう」



それからシエルは紺碧の梟寮、通称・青寮へとやってきていた。



「(歓迎会なんてやらなくていいのに…)」



めんどくさい、と内心思いながら扉を開けた瞬間。



「ん゛ッ!?」

「入寮おめでとう、ファントムハイヴ」

「ンンッ、ン゛ーーーーッ」



いきなり靴みがきを命じたあの上級生に背後から口を押さえこまれたと思うや、目の前にずらっと列んだ紺碧の梟寮の生徒達。



「お前のために用意した歓迎会だ。たっぷり楽しんでいくといい」



シエルをシーツの上に突き飛ばした上級生は、笑みを浮かべるや声を張り上げた。



「そーーーーれ!!」

「うわあああ!!?」



ぼーんっとシエルは上へとはね飛ばされた。



「げふッ」



そして、落下して受け止められその繰り返し。



「どうだ?我が寮伝統の歓迎会は?これからは紺碧の梟寮の一員として、より一層勉学に勤しむように。そら、次はもっと高くだ」

「げほっ。やめ…」

「せーのっ」

「何を騒いでいるんです!「Y」をつけますよ!」

「やべッ。寮監だ!!」

「わっ!」



鋭い声にシエルをはね飛ばしていた生徒達はビクーッと固まり、シーツからシエルを地面に落とした。



「クレイトン君。上級生の君まで一緒になってなんです」

「これはその…我が寮の伝統で…」

「やれやれ…伝統とはいえ程々になさい」

「うう…」



寮監、と呼ばれていた男の隣から、よろめきながら起き上がるシエルに近づくシスターの姿が。



『大丈夫ですか?』

「君が新入生のファントムハイヴ君ですね?」



差し出された手と声に、シエルは顔を上げた。



「ようこそ紺碧の梟寮へ。寮監のミカエリスと、こちらは寮監補佐のシスター・アンジェです」

『これからよろしくお願いします。シエル・ファントムハイヴ君』



どう見ても、それはセバスチャンとダリアだった。





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