ーーーーダァンッ!!
まさに火事場の馬鹿力。一度離れた手をセバスチャンは掴むと、二人を抱きかかえぶつからないように下になって落下した。直後葬儀屋が軽やかに着地してきた。
「君なら二人を守ってくれるって思ってたよ。さすがは執事だねェ」
ピクッ…とシエルとダリアが起き上がる。
「つっ…」
起き上がった二人はハッとした。体中にセバスチャンの血がべったりと付着していたのだ。
「セバスチャン…?おいっ!」
『セバスチャン!』
目を閉じていたセバスチャンを揺さぶりながら声をかけていると、セバスチャンの目蓋が開かれた。
「五月蠅いですね…聞こえてますよ」
「『!』」
ぎこちなく起き上がったセバスチャンは、荒く呼吸をしながら口の中の血を吐き出した。もちろん葬儀屋を睨みつけるのを忘れずに。
「君のレコードなかなか面白かったよォ〜…でも、やっぱり君は伯爵姉弟を不幸にしかしないみたいだ」
「『!?』」
「だから、消えてもらおうかな」
葬儀屋がデスサイズを構えた時だった。
ーーーーグラッ.「『うわ!?』」
いきなり船が大きく揺れたと思えば、いやな音を響かせながら床が斜めになっていく。
「まさかもう…!」
「やべっ!」
「うわあああああ!!」
「おやおや、そろそろかなあ?」
「しまった…」
これは…。
「浸水した水の重みで船首が持ち上がっている!!」
外は大騒ぎで、重力に従いまだ残っていた何人もの人達が海へと落ちていっていた。
「ああああああああああーーーーッ」
ーーーードシャ.
「リアン・ストーカー、1854年8月24日生まれ。1889年4月20日転落事故により死亡。備考、特になし」
二人を抱えるセバスチャンが握っているもとは階段の手すりの上の柱に、グレルが着地した。
「セバスちゃん、見ての通りホントに時間がないの」
いつになく真剣なグレルの目は、呑気に下を眺めていた葬儀屋に向けられた。
「悪いケド、アイツはアタシが頂くわ。アンタはそこで見てなさい」
「!そうは…」
ーーーーギャギャギャギャララ!
「先輩のが俺より強いし、そっちはおまかせしまっす」
いきなり襲いかかってきたロナルドのデスサイズを避けて別の場所に捕まる。
「俺は、大分弱ってるコッチ殺ッときますんで∨」
顔色悪く苦しそうに息をするセバスチャンの傷口から、血が滲んできた。
『……フン』
ダリアは笑みを浮かべながらロナルドを見た。
『ウチの執事をナメてもらっては困るわ。この程度で弱ってる?お前に負ける?笑えないジョークね』
「!?」
「そうだろう?セバスチャン」
前を向いたままシエルが問えば、セバスチャンは驚きの表情を笑みに変えて顔を上げた。
「……ええ、まったくですね」
しかし、セバスチャンが重傷なのに変わりはない。
「ッゴホ!ゴホッ」
「『!』」
咳き込むセバスチャンにハッと顔を上げるシエルとダリア。その様子に眉を寄せたロナルドは「あーあ」とため息。
「なんか、弱い者苛めみたいになってんスけど…」
ーーーーゴバッ!!「え…ッ」
セバスチャンの拳がロナルドを直撃。
「ちょ…ッがはっ」
続けて腹部を蹴り飛ばしたセバスチャンは、地面をバウンドしていたロナルドの胸ぐらを掴んだ。
「弱い者苛めが…何ですって?」
「
がッ」
また殴られたロナルドだったが、今度はやられっぱなしにいかずデスサイズを振り上げた。
「くっ…!」
しかしそれを空中に避けたセバスチャン。着地するやロナルドを蹴り飛ばし、山積みとなっていたテーブルや椅子の中にロナルドは突っ込んだ。
「…ちょ…ッな…んで動け…ッ
がッ」
「主人の命令とあらば、応えないわけにはいかないでしょう」
ロナルドの肩に足をかけて見下ろすセバスチャンは指を鳴らす。
「立ってるのもやっとのクセにカッコつけちゃって…カンジーーーー」
セバスチャンがまた拳をふるう。
「悪…ッ」
ーーーーガギィィィィ!!
「君、どっかで見たと思ったらマダム・レッドの執事やってた死神クンかあ」
セバスチャンとロナルドがやり合っている時…というか、一方的にセバスチャンがいたぶっている時、グレルと葬儀屋もデスサイズを交えていた。
「君もヒトの命を引きずってるねえ」
葬儀屋の目がグレルが羽織っている赤いコートに止まる。
「詮索する男はモテないワヨ!!」
「死神のキミたちはそろそろタイムアップなんじゃないのかい?」
グレルが振るったデスサイズを避けて余裕そうに葬儀屋が言う。
「イケメンを前にしてシンデレラみたいにあっさり帰れないワ!」
着地していた葬儀屋にグレルが迫った時だった。
「!!?」
ーーーードゴォ!
「っつ…」
いきなり横から吹っ飛んでぶつかってきたのは…。
「ロナルド!?」
「今時の若者は本当に軟弱ですねぇ」
ボコ殴りされて気絶しているロナルドから声の方に顔を向ける。
「デスサイズだけに頼るのはもう古いのでは?」
本当に怪我してんのかと疑うほど余裕そうなセバスチャンがロナルドのデスサイズに寄りかかっていた。
「さあ残すは…」
葬儀屋が気づいた直後、船が嫌な音を軋ませながら揺れ出した。
「ま…まずい!!」
『船が……沈む!!』
ーーーーバァンッ!!
「『うわッ』」
とうとう船の中に滝のような勢いと量で水が入り込んできた。
「さあ、いよいよ別れの時だ。なかなかに面白かったよォ〜」
この場を離脱しかねない雰囲気の葬儀屋に、セバスチャンもグレルも黙っちゃいなかった。
ーーーーダダッ.
「!?」
ーーーーガキィィン!!
セバスチャンとグレルの同時の攻撃に焦りを見せた葬儀屋だったが、二人の攻撃がヒットする事はなかった。グレルのデスサイズを己のデスサイズで防ぎ、セバスチャンの蹴りを体を反らして避けた…までは良かったが、セバスチャンの蹴りが掠めたのか首にかけていたネックレスが葬儀屋から落ちていく。
ーーーーぱしっ…
伸ばした葬儀屋の手を逃れ、ネックレスは咄嗟に伸ばしたシエルの手に。呆気とも驚きともとれる顔をしていた葬儀屋は、フッ…と口元に笑みを浮かべた。
「ーーーー伯爵。それはしばらく君に預けよう、大事に持っていておくれ」
目を丸くするシエルとダリア。顔を上げた葬儀屋はほんの少し笑った。
「小生の宝物なんだ」
「!?待て!!」
『待ちなさい葬儀屋!!』
「じゃあね伯爵、ダリア嬢」
背を向けていた葬儀屋はデスサイズを振るいながら振り向いた。
「また会おう」
ーーーードオッ.next.
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