それからダリアの入浴も終わり、食事をすることに。
「では失礼を」
ばさっ、とセバスチャンが二人の前でナプキンを翻したその一瞬の間に。
「『!?』」
「どうぞ、お好きなだけお召し上がり下さい」
テーブルの上には、とても食べきれないだろう様々な料理が並べられていた。
「伊勢エビのソテーにローストターキー。スティッキー・トフィー・プディングにフェアリー・ケーキ。何でもお取りしますよ」
「……セバスチャン」
「はい?」
「今後は気軽にこういう事をするな」
料理をとっていたセバスチャンは眉根を寄せながら二人を見る。
「何故です?」
『普通の執事は、一晩で家を建て直したり、一瞬で晩餐(ディナー)を用意したりしないわ。もし他人に見られたら怪しまれる』
「ではいちいち、人間ごときと同じ手順を踏めと?」
「完全にそうしろとは言わないが、せめてフリくらいはしろ。材料も時間もナシに、人間は何も作れない」
「面倒ですねえ」
言いながらセバスチャンは本当に面倒くさそうにため息。
「お前は僕らの執事だろう?言うことを聞け」
『ファントムハイヴ家の執事たるもの、それくらいの事ができなくてどうするの?』
「かしこまりました」
ダリアの言葉に反応すると、セバスチャンは仕方ないなと言うような表情で二人の前にお皿を置いた。
「っ…まずい!!」
『シエル!?』
「おや、お口に合いませんでしたか?」
慌てて水を飲むシエルをセバスチャンは見る。
「油っぽくて辛くて、しょっぱい…」
「嗚呼…ずっとあの様な所にいらした坊ちゃんには、重過ぎるメニューだったのですね」
納得したようにぽん、とセバスチャンは拳を手のひらに打つ。
「今リゾットでも「もういい。寝る」
立ち上がったシエルは食堂を後にした。それを心配そうに目で追っていたダリアは、目の前にあるお皿を見て一口。それにセバスチャンは目を丸くする。
「お嬢様?」
『…シエル程、食べなかったわけじゃないから』
もぐ…と小さく口を動かすダリアは「それに」と呟いた。
『残すのは失礼だって、よくお母様に怒られていたから』
顔を俯けるダリアを、セバスチャンは黙って見ていた。ふと、黙々と食事を続けていたダリアが食事を止めてテーブルを見渡しているのに気づいた。
「お嬢様、如何なさいました?」
『…何でもない。あと、ホントにマズいわね、御馳走様』
ふい、と顔を逸らして椅子から下りるとダリアはその場を後にした。そのダリアの去っていく後ろ姿をものすごく何か言いたげにセバスチャンは見つめていたが、お皿を見てそれも収まった。
「おや、トマト以外は完食ですか」
綺麗にトマトが残ったお皿を見て、結局食べていることと、トマトが嫌いなのかと可笑しそうにセバスチャンは笑っていた。
『…』
寝室にいたダリアは、ベッドの上で何かを我慢しているようにゴロゴロと忙しなく転がっていた。
『……』
やがて、我慢出来なくなったのか起き上がると、パタパタと部屋を後にしてどこかに向かいだした。そしてやってきたのはキッチン。誰もいないのを確認して冷蔵庫の前にやってきたダリアは、目当てのものを見つけたのかそれを取り出した。
「何をしているんです?」
『!』
背後にいつの間にか立っていた事に驚いて、ダリアは手に持っていたものを離してしまった。が、それをセバスチャンが床に落ちる前にキャッチ。
「ミルク…ですか?」
きょとんとしながら、セバスチャンは瓶に入った牛乳を見る。
『…よく眠れないでいた私に…じいやがホットミルクを用意してくれていたの』
恥ずかしいのか、少しばかり赤くなりながらダリアは視線を逸らし小さくなって言う。
『それが習慣づいてて…久しぶりに飲みたくなって…』
「嗚呼…成程。ご入浴前に廊下に居られたのは、ホットミルクを作りに」
微かにダリアが頷いた。
「仰って下されば、私がお作り致しましたのに」
ため息をつくと、セバスチャンは牛乳を手に鍋を用意する。
「少々お待ち下さい」
『…今度は、手作業なのね』
クス、とセバスチャンが笑う。
「ええ、ご命令ですから」
それから数分後、ダリアの前に温かそうに湯気が立つミルクが入ったカップが置かれた。
『……』
「お嬢様?」
カップを凝視したまま手をつけないダリアに、セバスチャンが首を傾げる。
『…はちみつは?』
「はちみつ、ですか?」
目を瞬かせたセバスチャンに、ダリアは頷く。セバスチャンは小さく笑うと、すぐにはちみつを探し出した。
「どうぞ」
カップにはちみつをいれてあげると、ダリアは恐る恐る一口飲み、ほぅ…と息を吐いた。
『おいしい』
「それはよかった」
セバスチャンが笑いながら言うと、ダリアはセバスチャンを見上げた。
『セバスチャン…シエルに持って行くわよ』
「坊ちゃんにですか?」
『これなら、シエルでも飲める』
「では、すぐにご用意します。その前にお嬢様は寝室に『いい』
案内しようとしたセバスチャンを遮る。
『今日はシエルと寝る』
「…左様でございますか」
クスリと笑い、それからワゴンに温めたミルクとはちみつとカップを乗せると、シエルの寝室まで向かった。
ーーーーコンコン.
「なんだ?」
『シエル』
ベッドに寝転がっていたシエルは現れたダリアとセバスチャンに少しばかり目を丸くした。
「ダリア?それに、セバスチャン?」
「ホットミルクをお持ちしました。少しでも何かお召し上がりになりませんと…」
『ホットミルクだったら、シエルでも飲めるでしょう?』
ベッドに腰掛けながらダリアが言えば、シエルは「飲んだのか?」と問う。
『ええ』
「まずくなかったのか?」
「ミルクは温めただけで、味つけは何もしておりません。美味しいかどうかは、お嬢様のお墨付きでございます。どうなさいますか?」
ミルクを注いだカップをセバスチャンが差し出せば、シエルがぽつりと問いかけた。
「…はちみつは?」
「どうぞお好きなだけ」
同じ事を聞いてきた事にクス、と笑みをこぼしながらセバスチャンは言った。
「寝る前は虫歯になるからダメだって、じいやには怒られた」
『そういえば…そうだったね』
「では、私も明日からはそのように」
カップにはちみつを入れてシエルにセバスチャンは手渡した。
「ーーーーおいしい…」
ほ…と初めて見せた気の抜けた表情とその言葉に、セバスチャンはやれやれと言うように息を吐いた。
『シエル、今日は一緒に寝てもいい?』
「ん」
シエルの様子にホッとしながらダリアが問えば、シエルは快く頷いた。
「セバスチャン」
ミルクを飲み終え、部屋を去ろうとしたセバスチャンをシエルは呼び止めた。
「ホットミルク…おいしかった」
その言葉にセバスチャンは不意をつかれたように目を丸くすると、頭を下げた。
「それはようございました」
『それからね、セバスチャン…』
「はい?」
きゅ…とワンピースの裾を握りしめたダリア。
『明日の朝食が今日みたいにマズかったら許さないから』
「まったくだ。毎食子犬のようにホットミルクで生活するハメになるのはごめんだ」
チッ…と舌打ちしながら睨む二人。さっきまでの素直な反応はどうした、と言うような変わりようとその言いぐさに、ピシッ、とセバスチャンは笑顔のまま固まった。
「……かしこまりました。おやすみなさいませ坊ちゃん、お嬢様」
ーーーーパタン…
「……ッ」
廊下まで出たセバスチャンは我慢していたものを吐き出すように言った。
「あのクソガキ共ッ」
next.
_135/212