"俺も佐助殿のこと、好きだよ。"
そう言って塞がれた柔な唇を思い出しては、はううぅ・・・と頬を染めて蹲っているのは武田一の忍と名高い真田忍の長であり、忍べていない忍と呼ばれても尚その優秀さ余りある猿飛佐助である。しかして音に聞くその栄光は何処へやら、件の男は情けの無い姿をあろうことか主に現在進行系で晒しまくっていた。
「何をやっておるのだ佐助は・・・」
「何か悩んでおいでなんでしょうかねえ」
庭の先、杉の木の上でいじいじとするその姿を遠目に眺めては眉根を寄せる主こと真田幸村に、その隣でくすりと笑いつつ茶を差し出すのは山本満時という武田が誇る若き軍師であり、猿飛佐助の頭の中を占めている張本人。そう、あろうことかそのいじいじの原因にも見られているとは、よもや本人は気付いてもいなかった。
「後で私から言っておきましょう」
「・・・もしや、あれは満時殿が?」
嘗ては関係無いと言わんばかりに、佐助には常に興味無さげにしていた彼からの申し出に、幸村の勘がぴくりと働いた。
「おそらく」
ふふふ、と笑う満時は幸村の目から見ても朗らかで幸せそうであり、とうとう佐助に捕まってしまった、いや寧ろ彼の方から捕まえに行ったのかもしれないがー少し惜しく思うのと、やっとくっついたのかという気持ちとが合わさった溜息に似たものを吐きだした。
「佐助殿はほんに、お可愛らしい」
今までの素っ気ない態度が全て照れ隠しであり、嫌よ嫌よも好きの内というやつであったのだとようやっと理解できた満時には彼が何をやっても最早微笑ましいというようにしか見えず、これでは当の佐助も恥ずかしくて顔見せ出来ぬのは詮無きこと哉。というか全てバレているとあっては今までの事もまるっと含めて穴があったら入りたい、恥ずかしさで悶え死ぬところであろうに、そこに上乗せするようにして彼の人は殊更甘い瞳を佐助に向ける。
「程々にしてやってくだされ」
「ふふふ、善処いたします」
のたうち回る佐助の心中を察して幸村は思わず苦言を呈すも、屹度それを止めることなど無いであろう満時が、幸せそうなのでそれはそれで良いかと思うのであった。
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「うあぁぁ・・・」
「長」
「…才蔵」
その杉の木の方はといえば、真田忍の二番手とも言える男が長の様子伺いに訪れていた。
「その情け無いのどうにかならんのか」
「な、情け無いって・・・いや、分かってるんだけど」
己が右腕の辛辣な一言にガビンと顔を固めた真田忍の長は再度頭を垂れて項垂れる。
「…ていうか良いのか?幸村様も満時も見ているが」
「はっ?!?!」
そんな女々しい自分の上司に若干どころでは無く盛大に引きつがっくりしつつも遠くに見える此方を見上げる生温い視線を辿れば、ひらひらと手を振る噂の男。それに珍しくも今初めて気が付いた上司は、手を振り返す余裕も無く明らかに狼狽えて。
「う、わ、どうしよ、い、いつから?!俺様めっちゃカッコ悪くない?!?!」
「・・・」
その慌て様からして既にカッコ悪い・・・というか最早いろいろと手遅れなので、今更気にすることなんて無いのではないかと才蔵は思うのだけれど。本人はそうもいかないようで。
「うぁ・・・満時殿かわいッ、あ"ぁっ」
「・・・」
ふうわりと此方へ甘く微笑む彼の人を見て悶える上司に、才蔵はこれはもう駄目だと早々に見捨てざるを得なかった。
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「長と満時をくっつけたくなかったんですがねえ」
「ほう、才蔵でもそのように思う事があるのか」
佐助の醜態っぷりをご報告に上がる才蔵は、虎に事の仔細を報告すれば愉快よと豪快に笑われ。けれどそれに些か苦い表情をしていればその所以を尋ねられて正直に答えてみたところ。
「満時は一度懐に入れたものは悉く甘やかす性でしょう。そこに執着し易い男を入れてしまっては面倒臭くなること請け合いの、その尻拭いは大凡俺に回ってこようにと」
予想していたのが当たりそうなこの状況、今後苦労が絶えぬであろうことは必至。
「はっはっは、佐助も良い部下を持ったものじゃ」
豪快に笑う虎に、才蔵はどうか己の苦労を増やす事だけはしないでくださいよと祈ることしか出来ないのだった。