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織田を討った後、戦の勝ちを労う宴は各国合同で執り行われた。中心には今回の最功労者である幸村と政宗、その脇には回復した信玄と謙信と家康も呼び寄せ、元就、元親、利家も並ぶ。

「勢揃いって感じだな」
「ふふ、そうですねぇ。彼処に幸村がいるというのが、私にはとても誇らしいですが」

並ぶのは名だたる国主達。その中に一家臣たる幸村が居るのは本来ならばあり得ぬこと。けれど今回の主役であるが故のその大抜擢に、依は姉として誇らしい気持ちでいっぱいであった。少し緊張した面持ちで畏まっている幸村にひらひらと手を振れば、ぱあぁと顔を明るくする彼の、背後に嬉しそうに降られる尻尾の幻覚が見える。

「ははは、本当に幸村は犬だな!」
「慶次!失礼なことを!」
「ああ、大丈夫ですまつ殿。事実ですので」

本人には聞こえていませんし、と上座に近い方の席から関わりも多少考えられて座についた家臣達の中、依の周りにいるのはまつに慶次に小十郎、本当は佐助や才蔵やかすがもと言いたいところだけれど、彼らは呼んだところで席に付いてはくれぬであろう。宴が始まってしまえば無礼講、呼び寄せてしまおうとは思っているが。



信玄の威勢の良い音頭にて始まった宴、飲めや食えやの大盛り上がりである。

「さて、主役に挨拶しにいくか」
「あ、慶ちゃん私も行きます」

よっこらせっと、酒瓶と共に立ち上がった慶次に続き、依も立ち上がる。そろそろ幸村のところに行ってやらねば先から緊張と周りから注がれるのとで余り食べられていないようであるしと、タイミングを見計らっていたのだ。

「幸村」
「姉上!!」

声を掛ければ、嬉しそうに顔を上げる彼に隣の慶次が肩を震わせる。それを横目で睨みつつ、今日の主役の杯に酌をした。

「此度の武功、大変素晴らしいものでしたね」
「姉上にそう言って頂けて恐悦至極にございまする!」

ぐびっと飲み干してしまう幸村に笑って、ご飯も食べなさいと手渡す。不思議そうに首を傾けながらも頂きますと手を合わせて食べる幸村に、依は苦笑して自分も杯を傾けた。

「空きっ腹に入れては酔いが回るのも早くなってしまいますからね。屹度最後まで付き合わされるでしょうから」

水のようにがばがばと飲み干す信玄を見やり、あの蟒蛇は城中の酒を今日で飲み干すつもりだろうかと頭を抱えた。屹度そのうち己も絡まれるであろう・・・

「依!!」
「わ、チカですか?」
「おうっ!」

そんな折、突然ガバッと背後に覆い被さって来たのは西海の大男、元親。依は別に気にしないが、隣の幸村の眉が明らかに寄った。

「早くこっち来ねえかなぁと思ってたんだけどよ、幸村んとこ行っちまったから」

暫く動かねぇだろうと思って、我慢できずに来ちまった!と笑顔で宣う元親は、成程そこそこに酔っているようである。

「依、織田も滅んだことだし、そろそろ四国に来ねぇか?」
「もとちかっ、」
「なァ、」

場を忘れて依しか見えていないのか、抱き竦めたまま耳元で囁く元親に依も流石に顔を赤くする。この銀色の鬼は、端正で男らしい、美しい顔をしているのだ。それが殊更甘く熱っぽく迫ってくるのだから、流石の依も簡便してほしいとなってしまう。ここまで迫られてしまえば男女の力の差は大きく、彼女は手も足も出ない。天井裏からキレかけの佐助とそれを止める才蔵の気配がしては、元親をいかに害なく無効化できるか、身動ぎしながら試案していると、

「元親殿、そこから先は某を通してからにしてくだされ」

ベリッと容易く大男を引き剥がし、依を自分の胡坐の上に匿ってしまった幸村は普段の破廉恥叫びを一切せずに元親を止めてみせた。

「幸村・・・」
「この際だからハッキリと申し上げるが、」

丁度広間の真ん中程だしと、少し大きな、響くような声で、此方の様子を伺っている全ての男共へと聞こえるように幸村は息を吸い込んだ。

「姉上はこの幸村の目の黒いうちは、どこにも嫁に出したりなぞせぬ」
「んなっ、」
「「「「!!!」」」」
「幸村!!!愛してますッッッ!!!」

そんな馬鹿なと元親が幸村の台詞に目を見開き、彼女にちょっかいを出す元親を伺っていた周りの面々も驚愕する。元親だけでは無い相手に牽制のように伝えられたそれに、幸村の腕の中にいた依は辺りの様子など伺う事もなくガバリと彼に抱き付いた。何よりも誰よりも幸村第一の彼女は、その幸村の独占宣言に諸手を上げて喜んだのだ。少し倒れかけた幸村だったが、驚きつつもそれをしっかりと受け止めると、固まっている元親にフフンと悪い笑みを見せる。こうなることが分かっていてやっているのだと幸村を見て理解した元親は、その腹黒さに驚愕した。そしてその様子を伺っていた慶次や政宗も。依に関わる時の幸村の機転や腹黒さを知っていた信玄や、天井裏の忍達は驚くも無く顔を覆っていたけれど。

「姉上はこの幸村とずっと一緒にいてくださいますか・・・?」
「勿論ですよ、私の一番大切なものは貴方ですから」

顔を覗きこむようにして。鼻先すらも触れ合いそうな距離感で。手に手を取り合って。熱い視線を交差させながら。交わされる言葉こそ甘けれど、二人は姉弟であり勿論それ以上の気は無い。恋人同士の睦言のような様相を呈しながら、本人らは至って真面目であるからこれがまた達の悪い。武田の女中なんぞには二人の仲を禁断の恋だとか何だとか噂している者も居るほどである。この様子を見たらその否定の方が反って不自然なほどであるから上手い弁解も見つかりやしない。
宴の席のど真ん中、此度の主役とその姉の睦まじいのは良いことであるけれど、二人の世界に入ってしまった彼らは注目を集めていることすら自覚していない。いや、片方は分かった上でやっているのか。尚のことタチの悪い。

「こりゃあ先が長いぜ・・・」

そう呟いたのは、一体誰であったのか。



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