18


依は尾張に面白い友人がいた。





「・・・光秀くん」
「依さん、よくいらっしゃいましたね」

にこりと笑う白髪の彼に会ったのは随分と久しぶり。ついこの間、ひょんなことから彼が織田信長の家臣である事が分かって以来であった。

「でもまさか、光秀くんがあの"明智光秀"だったとは・・・」
「ふふふ・・・私もまさか依さんが噂の"神風"だったとは思い至りませんでした」

お茶屋で濡れ縁に並んでほのぼのと話す内容では無い。

「まあ、たまに変態発動しますもんね・・・今、思ってみれば」
「ふふ、それを知っても私に構うのなんて、信長公と依さんくらいですよ」

明智光秀という男は変態である。
彼と始めて出会った時、彼は血塗れで彼女の前に現れた。



「ふふふっ」
「・・・」

依の方は、美濃の国から近江へと渡り、琵琶湖を見物してから帰ろうと思っていた矢先。何の不運か、戦場近くを通ることになり、そこから流れてきたであろう光秀と出くわしたのだった。
何が面白いのか、ゆらりゆらりと身体を揺らしながら、笑い声を漏らす。にじり寄るように向かってくる明らかに常軌を逸した人物に後ずさりながらも、依はその男の後ろから迫っていた忍の刃にその瞳を見開いた。

ジャキンッ

忍刀が振り下ろされるのと同時、依は光秀の腕を掴み自分の方に引き寄せて、そして反対の手で鉄扇を構えてその刃を受け止めていた。

「・・・」

無言のままその忍を斬り捨てた依は、片付けてしまったそれにひとつ息を吐いて、それからすぐ脇で立ち竦んでいた彼を見上げた。まじまじと彼女を見つめる彼の瞳は先程とは違って正気に戻っているようで、付き物が落ちたようなその変わりように思わず笑ってしまったのだった。

「ふっ、ふふ。危ない方かと思いましたけれど、そんな表情もなさるのですね」
「…」
「…」
「…」
「・・・あの、」

無言で見つめられ続け、耐え兼ねた彼女が声を掛けると、意識を取り戻したように光秀はハッとして、それから依の両手をガシリと掴んだ。

「その美しい刃で私を切り刻んでください・・・!」
「へ、」

あ、この人やばい人だ。そう思った時には既に彼女は光秀のターゲットになってしまっていた。



その“変態”が、強者と合間見える事に胸を躍らせるような弟と同じタイプの人間だと分かったのは、そんな彼にストーカー紛いの事をされて渋々手合わせを許可した後だった。
刃を交えた興奮で漏れてしまう笑い声や、自らが傷付く事を是とするのは彼の性癖故にしょうがないと目をつむってしまえば、そこに居るのはただ強さを求める純粋な男。
それに弟の影を僅かに重ね合わせてしまえば、依はもう彼の事を邪険に扱う事は出来なくなっていた。





それから、依はたまに彼と会っては刃を交えている。戯れる程度のそれでも、光秀は満足しているらしい。

「依さん」
「はい?」

急にクンッと手を引かれて、依は光秀の膝の上に収まった。一体何をと、顔を合わせようとしたがそのまま抱き寄せられてしまった。言葉が彼の胸に埋もれる。

「みつ、」
「依さんは、今の信長公の所業についてどうお考えですか」

彼の腕は優しい。だから、その顔を上げるなと言わんばかりの力加減に逆らえない。掴まれたままの手は指を撫でるように動かされる。

「・・・信長公のお考えの基本理念は、筋の通った考え方に基づいているとは思います。しかし、些かやり方が横暴すぎました。…何を焦っておいでなのか、強すぎる力は何れ破滅を招くでしょうね」
「ふふふ・・・依さん、私は貴女のそういう所を非常に好ましく思いますよ」

魔王と言われ恐れられる信長を、依のように見ている者が少ないのは知っていた。その所業の凄まじさから、恐れや畏怖、そして怒りを抱く方が普通なのだ。光秀は依の髪を撫でるように梳くと、微笑みながら一言告げて去っていった。

「次に会うのは恐らく戦場でしょう。最初に出会った時に告げたように、貴女の刃で私を切り刻んでくださいね…それが出来ない時は、私に貴女を斬り刻ませてください…」
「光秀く、」
「では、また…」

何を考えているのかわからないひとだが、この期に及んでのその物言いに不安を覚えながらそんな彼の背を見送った。



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