08


ここ、真田は変なところだ。

忍は、“モノ”だ。
主の為に働き、失敗すれば容易に切り捨てられ、替えは幾らでもいる。それが、常識のはずだった。
なのに、ここではそれが通用しないらしい。



佐助の主である弁丸様の姉、依様。ここで一番厄介なのは彼女だ。

「佐助」
「はい」

今日も今日とて、影から弁丸様の警護をしている俺を呼ぶ。そして剣術の稽古中の弁丸様がよく見える縁側に座らせられて、今日は膝を貸して欲しいと寝転ばれる。
彼女は態々、佐助に構いにくる。傍には自分のお付きの忍がいるのに(現に今だって影から微かな殺気を感じる。何もしないのに)、ことあるごとに呼んでは佐助の反応を窺っている節がある。全く理解ができない人だ。

すぅ、と寝息を立て始めた依様を見下ろす。
白い顔に、少し疲労が滲んで見える。何を考えているのかよくわからないお人だが、寝る間も惜しんで努力をしているのには本当に感服する。昼間は弁丸様の相手と鍛錬(たまに何処かに出掛けるけれど)、夜は書物を読んでいる。その書物も女子の読むものだけでは無くて、兵法や政に関わるものから蘭学のものまで、彼女が手を出す幅は広い。

(こうやって、少しでも休めるのならそれでいいか)

ズカズカと自分の中に入り込んでくるような彼女は苦手だけれど、こうしていることで彼女の顔色が少しでも良くなるのなら、それでもいいかと思う自分がいた。
弁丸様の気合いの声が聞こえるだけの静かな縁側で、心地よい日差しと僅かな風の中、こうして穏やかに過ごすのが気持ちの良い事だと知ったのは、ここに来てからだ。一介の忍がこんな気持ちを味わえるなんて可笑しいけれど、主がそれを望むのならばしょうがない。

(…俺様まで眠たくなってきそうだよ)

彼女の傍は苦手。
けれど、この時間は悪くない。





「ん・・・」
「・・・お目覚めになられましたか?」
「・・・」

ゆるゆると眩しそうに瞼を持ち上げて、寝ぼけ眼で此方を見上げた彼女の手が、スッと俺の頬に伸びた。

「依様?」

スルスルと細い指先に撫ぜられるのを、どうしていいか分からなくて呼びかける。

「・・・優しい顔を、するのですね」
「っ、」

彼女の一言で、そんなに緩んでいたかと我にかえる。感情を押し込めて何時もの無表情を貫けば、彼女の顔は寂しそうに曇った。

「佐助、ここでは・・・真田では、その顔よりも先程のような…“貴方らしい”顔の方が喜ばれます。真田では、忍に必要以上の“忍らしさ”を求めません」
「…」

変わらずに撫ぜ続けていた指先が、ヒタリと、俺の頬を包んだ。

「貴方の色んな顔を、私は見たいのですよ」
「っ、」

優しく優しく、蕩けるような甘い眼差しで微笑まれて息を呑む。こんな風に、誰かに見つめられる時が来るとは思っていなかった。人を騙す為に其れなりの術も学んできた。他人をその気にさせる事だって容易い。けれど、けれど・・・こんな瞳は、知らない。

「ふふ・・・そうやって、ひとつずつでいいから、貴方を私に教えてくださいね」

また緩んでしまったらしい無表情の筈の顔は、自分でも分かるくらいに熱かった。



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