こんな豊臣軍01

長い冬が漸く終焉を迎え、晴れ渡る空に新芽が芽吹き始める麗らかな春の日。陽の当たる南の縁側で執務を熟していた彼女の耳に、この日和に相応しくない喧騒が届く。

「お説教だよッ!!三成!清正!正則!!」
「おねねさま、それだけは勘弁ーッ!!」
「なぜ俺までッ!!」
「馬鹿がっ!元はと言えばお前がッ!!」

ストン、と声のする方の襖を閉め、反対の北側の部屋の隅に移動する。火鉢に火を入れればまだ寒い気温といっても快適に過ごせるだろう。北側は北側で、陽の明かりが一定で執務は寧ろし易いのだから悪く無い。

ドゴッ!!
「官兵衛殿、酷いよ〜」
「いつまでも昼寝をしている卿が悪い」
「だからって鬼の手で殴らなくても良くない?俺の縁側に穴が・・・」

カタン、と火を入れたばかりの火鉢に蓋を被せ、火を落とす。そうして彼女はゆらりと立ち上がり執務室を出、そのままの勢いで屋敷をも抜け出した。





「あら、それで態々こんなところまで来たの?」
「ええもう、うちの連中は何処へ行ったって騒がしくて」

所変わって安土の城は御方様の室にて。縁側の柱に凭れながら煙管を咥え、紫煙を気怠げに吐き出しているのは先ほど己の屋敷を出て来た羽柴秀吉・・・彼女である。

「偶には静かにしていたい日もあるだろう?」

くすくすと笑う上司の奥方、濃姫は酷く愉快そうで、彼女が度々こうして息抜きに来ているのを無礼だと払い除ける気は全く無い。歳近くサバサバとした気質の彼女を、濃姫は本人に言わずとも割と好いている。

「藤・・・また逃げてきたか」
「これは、信長公」

静かな足音と共に、室にやって来たのは紛れもなく彼女の上司、主である織田信長。姿勢を正し、頭を下げ臣下の礼をとる彼女に鼻で笑い、濃姫が譲った上座に腰を下ろした。

「お前が駆け込むのは何時も帰蝶の傍らである…な」
「帰蝶が私に甘いんだ、仕方がないだろう」

先までの礼儀正しさは何処へやら、すっかり砕けた口調でもって上司に口をきく彼女に、驚く者は此処には居ない。柴田勝家が此処へ居れば怒鳴りつけられそうなことであるが、主人が許している以上、この態度を彼女が改める気はない。態度が軟派でも信長に対する尊敬や敬愛は変わらないし、それを信長も分かっているのだ。怒るでもなく寧ろ面白がってすらいるのだし。

「あら、私がいつ貴女に優しくしたかしら?」

つん、と釣れない態度をとる濃姫に、くすくすと笑うのは今度は彼女の方で。

「最初から全てですよ、濃姫さま」

一歩前に足を踏み出して濃姫の垂れる髪を一房持ち上げると、その濃紫にひとつ口付ける。視線を合わせてくすりと微笑み、そのまま立ち上がると彼女は室を出て行った。

「それでは、御免。また来ます」

いつも最初と最後だけはしっかりと礼を取る、そんなところが気持ちが良いと、信長は笑みを深めた。彼女・・・羽柴秀吉という"女"は本当に面白い。





「おかえり!お前様、どこ行ってたんだい?」
「ただいま、ねね。ちょっと信長公のところまでね。説教は終わったのか?」

屋敷に戻るなり配下から聞き付けたのか、ねねが音も無く横に並ぶ。彼女とは農民出の田舎の時からの仲であり、互いをよく理解し合っている。足りないところを補い合うような、そんな切っても切れないような縁。

「そうなんだよ!またあの三人喧嘩して・・・」
「また三成が一人で悄気てるんだろ。私が後で行ってくる」
「悪いねぇ・・・本当にあの子は、言葉が下手くそなんだから」
「そういうところも私から見たら可愛いけれどね」
「甘やかしたらダメだよ!」
「はーい、母さん」

羽柴の母たるねねの言うことは絶対である。例外は無く、当主である彼女すら歯向かうことは出来ないのだ。



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