君と僕の幸せについての話

君と君の友人と君の知らない僕とのつづき







あのポアロでの偶然の遭遇の次の日、珍しいことに零が帰宅した。しかもそれは彼女が仕事が終わり家に着くよりももっと早い時間であり、玄関のドアを開ければ既に夕食の支度も風呂の用意も出来ている状態だったのだから彼女がこれは何事かと驚いてしまっても無理はない。

「おかえり、三春」
「・・・ただい、ま?」

通勤カバンを受け取られて、お疲れ様と背中に触れる手。何なのだろう、この唐突な至れり尽くせりは。

「どしたの零くん」
「・・・いや、別に、」

ぽかんとする三春に零は照れたように視線を彷徨わせる。何故照れるのかと首を傾けながら、じゃあお風呂だけ入っちゃうねとその場を離れたのだけれど。

「昨日、ポアロに来たとき、」

何故だかついて来る彼は寝室で着替えを探す三春の後ろで何やらもじもじとしている。

「うん」
「初めて会った時の事を話してただろ」

昨日、喫茶店ポアロというところで三春は安室透という人間に出会った。"彼"と会ったのは実は初めてなのだが、零が以前もし外で"彼"と出くわした時は極力話を合わせて欲しいと言っていたので、以前からの知り合いのように振る舞ったのだ。その時にスルリと口から出て来た、初めて零と出会った時の話。嘘を上手に吐くコツは、事実を交えて話す事だと彼女は目の前の彼から学んでいた。

「ふふ。零くん随分苦い顔してたよね」
「・・・だって恥ずかしいじゃないか、」

ポアロではそれこそ苦い顔をしていた彼だったが、今の零は照れたように頬を染めているだけである。持ち前の童顔が効力を最大限に発揮して可愛さ満点であった。アラサーにはとても見えない。

「一目惚れしてくれたんだっけ?」
「・・・ああ、そうだよ」

くすり、と笑えば後ろから不機嫌そうな言葉と共に腕の中に囲われた。後頭部に彼の頬が押し当てられて、声がすぐ近くから聞こえる。これが照れ隠しだということは、彼女もよくよく分かっていた。



あの公園での出会いから、何度か会うようになりお付き合いをスタートした二人は、右葉曲折あって、数年離れはしたものの、もう5年を超える関係だ。そしてついこの間、目出度くゴールインした訳だけれど。零があれこれ素直になったのは、その離れた期間の後、籍を入れてからだった。今までどこへ隠していたのかというほど顕著に嫉妬をするようになったし、実は一目惚れだったということも告白された。本当は記念日だって誕生日だって忘れた事が無いことも、三春をとても大切に想っているということも、照れながらも言葉にしてくれたのは初めてだった。以前よりも忙しくなった筈の仕事の中で、一緒に居られる時間を増やそうと努力してくれているのも、よく分かるようになった。

「・・・何だか嬉しかった」
「そう?」
「覚えてくれているんだと思って」

三春は嘗ての元カレ達に、総じて分かりにくいと言われてきた。あまり言葉で気持ちを伝えないし、誰にでも優しいから差が分からない。"本当に俺のことを好きなのか分からない"とは、振られる理由の常套句であった。反省はしているし、大切だと相手に伝わるように、彼女なりに改善させてきたつもりだったが、零とも結局、それが原因ですれ違ってしまったようなものだ。

「零くん」
「ん?」
「好きだよ」

だから、こんな些細な事で喜んで、忙しい仕事を無理して会いにきてくれる彼の為に、三春に出来るのは大切だと、精一杯伝えることだけ。

「だいすき」

顔を真っ赤に染めて抱き締めてくれるこの愛しい人に、惜しむことなく愛の言葉を。

「・・・俺の方が、好きだ」
「ふうーん?」

こういう言葉を口にするのは恥ずかしくて苦手なのだけれど、彼からも聞けるのなら良いかもしれない、なんて。三春は自分の心境の変化が、嫌いではない。



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