図書館の奥の奥の02

シリウスには弟がいる。一学年下の、母親に従順で、純血主義で物静か、スリザリンに所属している。彼は勉強家で、努力家で、そしてやはり、彼女に懐いていた。

「エヴァーニア」
「・・・ん、貸して」

文字が読めれば種別は問わないのがエヴァーニアという生き物で、彼女に近しい人達は彼女がただの読書家なわけでは無いと気が付いているから厄介なのだ。例に漏れずに弟のレギュラスもそうなわけで、そしてレギュラスはその彼女の特徴を上手く利用することに長けていた。同じ寮、学内、食事も隣に座ることが多い癖に、レギュラスはエヴァーニアに手紙を書いていた。文字が好きな彼女は当然それには丁寧な返事を書くし、受け取ると嬉しそうに頬を緩める。従姉妹ということで学年は違うと言えど共に居ることも多く、課題を教わるのもいつも彼女、レポートの添削も教科書の解釈の相談も全部ぜんぶ彼女だ。文字に関わることで彼女が嫌がることなどそもそも無い。それをよくよく理解して、上手にやっている弟。そういう意味では本当にレギュラスはスリザリンらしく、狡猾でそして賢いと言って良いのだろう。

「よく書けてる。流石レギュラスね」
「そんなことないです、エヴァーニアにいつも見てもらってるから」

朝食も終わり、授業がもうすぐ始まるという時間だった。1限目の無い生徒達が疎らに残る大広間で、彼らは並んで一つの本を覗き込んでいた。余り大きくはない声が、よく通って聞こえてしまうのはシリウスが彼らを意識しているからだろうか。

「ここをね、この記述を参照すると・・・」
「なるほど、」

パッと明るくなる彼女の表情と、滅多に笑わない弟の貴重な微笑。何時も文字ばかりを追っている月色の瞳が、レギュラスに向かって優しく細められるのが憎たらしい。彼女自身が勉強をしている時、そして食事時は彼女が文字以外をその目に写す貴重な時間なのだ。大体、何時もその時間は彼女の周りは近しい純血達が固めている。レギュラスにナルシッサ、アンドロメダにルシウス・マルフォイにロジエール家の息子。
過保護な姉達は兎も角、他は今すぐに呪いをかけてやりたいと指先がぴくりと動く。

さわるな、その月は俺のだ。

最近、彼女と誰かが一緒に居るのを目にすると、そう思うようになっていた。腹の底から競り上がるような不快感と共に、彼女の腕を引いてその場から引き離したいとまで。家族を大事にしている彼女が、ブラック家から目の敵にされている己と人目につくところで関われば己を家に引き戻そうとする為に利用されるのは間違いない。だから、彼女に会うのはあの場所だけだと我慢をしている。けれどその自制すら、時折効かなくなりそうになっていた。
独占欲と、これは嫉妬だった。そういう感情をどうして抱くのか、分からないほどシリウスは子供ではない。

「エヴァーニア、」
「なあに」

いつもの、あの、図書館の奥の奥の奥深くへ向かえば、彼女は既にそこに居た。静かに伏せられた瞼。ここに居る時の彼女の眸は、いつも文字へと向かっている。ずるい、ずるい。レギュラス達は、いつも彼女の瞳を見られるのに。シリウスは、こんな場所でないと彼女と話す事すら難しいなんて。

「・・・どうしたの、シリウス」

すぐ傍まで近寄って、彼女の顔を己の方へ向けるように手のひらで包み込む。見開かれた瞳が、その初めての行動に驚愕していた。いままで一度も、シリウスは彼女の読書の邪魔をしたことは無かった。

「エヴァーニア、」
「なあに、シリウス。何かあったの?」

邪魔をされたことに迷惑そうに眉を顰めることもなく、彼女は困ったように微笑んでシリウスとその綺麗な灰色を合わせてくれる。安心させるように腕に触れる手が、シリウスを撫ぜる。
他の人の触れたことの無い、見たことの無いところまで、彼女に触れたいと思った。
たったそれだけの望みで、起こした行動はひとつだけ。

「しりう、」

間近で見つめる灰色の月が、きらきらと輝いて。そっと触れた唇が、甘く柔らかかった。もっと、もっとその先へと繰り返して、もっと深いところまでと、舌でなぞり上げる。驚愕に固まっている彼女が、とても愛しいと思ってシリウスは微笑んだ。

「・・・・」
「エヴァーニア、」
「・・・びっくりしたわ」
「もう一回・・・んっ」

口許を押えて視線を泳がせる彼女を、逃がさないというようにソファの中に囲い込んで額を合わせる。いま、正しくシリウスでいっぱいな彼女に、胸の内がどうしようもなく高揚する。もう一度と、口に出した言葉は、今度は彼女の方から押し付けられた唇によって途中で途切れてしまったのだけれど。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -