図書館の奥の奥の01

※ナマエ使用、星関連の英名推奨


















ホグワーツの図書館は広い。何万冊もの蔵書が何千もの書棚に並び、その間を何百もの細い通路が張り巡る。その大きな迷路の奥の奥の奥の、閲覧禁止の棚とは反対側の奥深く、見掛けだけは重そうな棚を押し退けた先、小さな空間がひらけた場所には身体がすっぽりと収まってしまうくらいの、大きなソファが二つ置いてある窓辺があった。

「うわっ、」

奥故に人が寄り付かず、周りの蔵書も滅多に生徒が手に取らない書物のエリアだったそこは、偶然見つけた秘密の場所だった。ひとりきり、静かにそこで読書をする時間が好きだった。寮生活の中で蔑ろになりがちな一人の時間を、そこでゆるりと過ごすのが好きだった。誰にも邪魔される事なく文字に打ち込むことの出来る最適な場所だった。
なのに、

「痛てて・・・あ?おまえ、」
「・・・」

ガタン、と大きな音を立てて倒れこみ、顔を上げてその空間に瞳を見開いて、そしてこちらの存在を認識するなり眉根を寄せたその仕草が、見ないでも分かるのは倒れている彼との付き合いがそれなりに長いからである。

「なんでお前がこんなとこに、」
「それは此方の台詞だわ」

静謐なひとりきりの聖域に侵入してきたのは自分の癖に、何もかも己を中心に考える彼に視線も向けずに突っぱねた。煩いのは勘弁して欲しい、私はひとりになる為に此処にいるのだから。

「煩くするなら他所へ行ってね」
「エヴァーニア、」
「なあにシリウス」
「ッ、」

息を詰めたのは、彼が私を、ブラック家を、スリザリンを、嫌いだからか、それとも。そういえば確かめる良い機会かもしれないと気がついて、顔を上げた。私の行動に瞳を見開いた彼のその表情は幼い頃から何一つ変わっていなくて、視線を交えただけでお互いが嫌われていないのだと確認が出来てしまった。彼も私も、入学後のいざこざから、お互いに時間を取らなかっただけだった。
ぐしゃりと表情を歪めて、泣き出しそうな顔になったシリウスはくるりとこちらに背を向けた。

「また来る」
「シリウス」
「ッ、なんだよ」

ぶっきらぼうに、それでも振り向く彼に思わず微笑んだ。

「此処のことは、」

シ、と人差し指を立てると、やっぱり彼は頷くだけだったけれど。





エヴァーニアは、従姉妹のひとりだ。揃いも揃って女だらけのブラック分家四人姉妹の末っ子。俺と同じ学年で、小さい時から交流のある相手だった。・・・それも、俺がグリフィンドールに組み分けされて、アイツがスリザリンに組み分けされるまでの事だったが。

「なあエヴァーニア、魔法史の課題手伝ってくんね?」

エヴァーニアはあの四姉妹の中では一番話しやすい相手だった。長女のベラトリックスは言わずもがな嫌い、次女のアンドロメダは接しやすいが少々歳が離れていて、三女のナルシッサは純血思考故苦手、そして末女のエヴァーニアは、

「それ、読めば分かるわ」
「範囲が広いんだよ!」
「印ついてる」
「・・・」
「できたら見てあげるから」
「・・・わかった」

ただただ本の虫にして活字中毒者、そしてうるさいのが嫌いな奴。一見、一番気難しそうで接しにくそうに見えるが、彼女は血を誇るでもマグルを嫌うでも無く、そして読書をしていてもシリウスを蔑ろにすることも無い。

「いま何読んでんの」
「"鳥か盗りか?"」
「なんだそれ」
「さあ?でもそこそこ面白いわ」

一度も紙面から視線を外すこと無く口を開く、彼女のこの不思議な特技にシリウスが気が付いたのは小さな子供の頃だった。



もうその頃には彼女は文字の細かい、凡そ同じ歳の頃の子供の読むものでは無い書籍を実家の膨大な蔵書の中から引っ張り出して読んでいた。その余りの集中具合は見ている者を遠慮させる程で、本を読んでいる時の彼女に話し掛ける者は居なかった。そして彼女はいつも本を読んでおり、即ち、彼女は殆ど他人と口を利かないのだ。けれど、それに遠慮するようなシリウスでは無かった。

「おい、エヴァーニア」
「・・・なに」

メゲずに声を掛けるシリウスに、根負けしたエヴァーニアが鬱陶しそうに口を開く。どうしたら相手をしてくれるのかと、そう尋ねれば彼女は不思議そうに首を傾けた後にゆっくりと此方に視線を向けたのだ。

「ずっと聞いているけれど」

思えば、視線を交えたのは初めてのことだったかもしれない。彼女の瞳はいつも文字ばかりを追っているから。眸が灰色をしていると、この時初めて認識した。その瞳がキラキラと輝いて、静かな夜の空に浮かぶ月のようだと思って見惚れたのには気が付かなかったこととする。

「読みながらでも、話は出来るから、それで良い?」

そう言う彼女に、思わず頷いていた。普段のシリウスであれば、ついでのようなそんな態度では絶対に満足出来ないし自分が一番で無いと嫌なのに。

「良かった。みんな話してくれないから、嬉しいわ」

自分がずっと読書をしているからだということは棚に上げてそんなことを言う彼女は、この時初めて微笑んだ。文字ではなくて、シリウスの方を見て、その綺麗な瞳を細めて柔らかく弧を描いて。
それから、シリウスは彼女のところへ通うようになったのだ。



どうやら彼女の脳みそは優秀らしく、彼女は文字を追いながら普通にシリウスと会話をしてみせた。彼女に言わせると、それは幼い頃からずっと読書を続けてきた身体による生存本能であるらしい。書物に向けているのは視線だけであって、瞳はそれの為の器官でしかない。即ち、それ以外は自由だと言うことだ。言葉の通り、彼女は突然魔法をけしかけても驚くほどの対応の早さで防御してみせる。但し、無言呪文には弱い。何故なら視界を占めているのはいつも書物に浮かぶ文字ばかりだからである。

「今日、ジェームス達とスニベルスをずぶ濡れにしてやったんだけどさ」
「ええっ、彼の教科書は無事?」
「お前・・・」
「失礼ね、セブルスが無事なのは見たから分かってるわ」

彼女がこんなに饒舌だと、知っているのはシリウスくらいなものだろう。彼女が実は純血などどうでも良いと思っていて、マグルに偏見のカケラもなく、それどころかマグルの書物にまで手を出し始めていると、シリウス以外の一体誰が知っているだろう。

「・・・お前ってほんと、良い性格してるよな」
「スリザリンらしいって?」
「そうとは言ってない」

くすくすと笑う、その顔が再び見られるとは思っていなかった。入学当初にブラック家に関わるものをすべて遮断してしまっていた己をシリウスは悔いていた。シリウスは彼女と話をする機会を作ってくれたこの場所に感謝した。ブラック家であるが故に何処へ行くにもスリザリン生の腰巾着が付いて回る彼女には入学後から話しかけようが無く、彼女はグリフィンドールに入った自分を他の親類と同じように毛嫌いしているものだと思い込んでいた。おかげで3年も彼女との時間を削ってしまった。こんなに物知りのくせに、どこか抜けていて可笑しい大切な従姉妹。彼女がグリフィンドールだからと云ってシリウスを嫌うなんてこと、元々あり得なかったのに。

「ほら、課題は終わったの?」
「もうちょい、」

こうして、通ってしまうのも許して欲しい、彼女が与えてくれる、その近しい家族のような親しみに、正直シリウスは飢えているのだから。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -