プロングスの飼い猫01

  満月の夜、いつも見る影がある。

僕がどうにも自分を抑えられずに暴れる時には、ただ真っ直ぐに、身動ぎ一つせずに見つめてくる。その闇夜に浮かぶ金色の瞳に気が付くと、僕の中の凶暴はゆっくりと成りを潜めて落ち着いてゆく。

僕が寂しくて堪らなくて、絶望しそうな時には、すぐ傍までやってきて丸くなり、温かな体温を分け与えてくれる。そのぬくもりを包み込むようにしていれば、眠れぬ夜も気が付けば明るい朝へと変わっているのだ。

此方へ興味があるのか無いのか分からない。
普段の生活の中ではまるで寄って来る素振りさえ見せずに気ままに猫らしくいる癖に、分かっているみたいに満月になると僕の前に現れる。

 キミは何なんだい、」
「にゃあ」

ジェームズのベッドに戻って来たところの彼に、そんな言葉を投げかけてみても、返って来るのは当たり前な鳴き声だけだった。



「エヴァーニアって変な猫だよね」

ジェームズが飼っている黒猫のエヴァーニア。気位が高いのか気まぐれなのか、ひとに余り自らを触らせない彼は、けれどシリウスには懐いているようで気が付けば彼のすぐ横で丸まっていたりする自由な生き物だ。
騒がしいのが嫌いらしく、飼い主が走り回っている時ほど近付いて来ないし、シリウスが一人で本を読んでいたりする時には必ずといっていい程彼の傍へやって来て、可愛らしく撫でろと強請ったりする。それを見ると飼い主の彼はいつも怒るのだけれど、当の本人(猫)はどこ吹く風で飼い主をひらりと躱すので、あれはぜったい、分かっていて揶揄われているのだと思う。

「煩いのが嫌いなだけだろ」
「僕の猫なのにッ!」

今日も今日とてシリウスの胡座の中に落ち着きながら、彼の眺める本を一緒に目で追っているその黒猫は、何が楽しいのか機嫌の良さそうに尻尾をぱたりぱたりと動かしている。
片手間に喉の下を撫でられればゴロゴロと鳴き、その手に擦り寄る様子は可愛らしいの一言に尽きるのだけれど。

「エヴァーニア!」
「んな"ーッッッ!!」

ジェームズが手を出せば忽ち唸って身を翻し、とっとと寝室へ引き上げて行ってしまうのだった。



ある満月の時、いつものように傍へやって来たエヴァーニアは、今日は何故か暴れ柳との通路の方をジッと見つめていた。どうしたんだろうと首を傾けるも、空へ上り始めた満月の所為で答えを出す前に変身の兆候が始まる。そんな中に、軽快な音を鳴らして飛び込んでくる影があった。

「?!」

通路のドアを押し開けるようにして入って来たのは、立派な角を持った鹿と真っ黒な犬、そして小さな鼠だった。その異種異端な組み合わせを目にした瞬間、“彼ら”が“何”なのか理解してしまった。

「ぐっ、…馬鹿だ、君達は、本当に・・・ッ」

ポロリと零れる涙に、唸りながら変身する。こんなに心が満たされる満月は生まれてから初めての事だった  



「やっと成功したのか」

満月が沈み、夜が明ける頃。
疲れたのか眠ってしまった狼と鼠に安心の溜息を吐いて、そろそろ変身を解こうかと思っていた牡鹿と黒犬は、突然聞こえてきたテノールにビクリと身体を引きつらせた。

ワンッ!!  誰だ!! 

唸るように吠える声は、クスクスとした笑い声に塗れた。

「そう吠えるなよシリウス」
ワンワンッッ!!

慌てふためく牡鹿と黒犬は、ひとの形に戻ると背中合わせに杖を構えた。

「誰だ?!」
「何処にいるッ?!」

けれど、シンと静まり返った室内にはすやすやと眠る変身の解けたリーマスと小さな鼠の寝息だけ・・・いや、違った。此処には元々もう一匹、居たではないか。

「ふふ・・・そんなに慌てなくてもいいじゃないか。吠えられるのは嫌いだ」
「「?!」」

突如、窓辺に現れた人物に、二人は瞳を見開いた。
そこに立っていたのは、黒髪に薄い茶色の瞳をした美しい青年だった。朝日にちらつく瞳は、光の加減で金色にも見える。どこか見覚えのある気のする その色に、言葉が口を突いて出た。

「もしかして、エヴァーニア・・・?」

警戒していたのも忘れて固まる二人。
ジェームズは己の口から零れた言葉に、言った本人ながら驚いた。その証拠に、シリウスは何を言っているんだという顔をしている。

「は、エヴァーニア・・・?」
「ははっ、すごいね  流石は飼い主だ」
「え、本当に?」

腹と口を押さえて身体を折り曲げて笑う彼は酷く楽し気で、瞳の端に浮かんだ涙をその細い指先で拭い取った。

「そうだよジェームズ。俺は君の飼い猫のエヴァーニアだ」

 そう言った彼は、酷く愉快だと言わんばかりに微笑んだ。



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