宣戦布告をしたのは誰か

「いや、なーんでこうなっちゃうかなあ」

  というのは、体育祭のクラス分けを見た時の、三春の反応である。その時から既に、彼女にはこうなる未来が見えていたのだろう。

「ね、ね、三春ちゃん!さっきの俺の活躍、見た!?」
「・・・見た。見たから、いちいち騒がないで」

いつもは絡んでくる及川を無視したりスルーしたりする鉄壁対応の三春も、流石に毎度毎度競技のたびに突撃されるよりはと、今回ばかりは返事を返すことにしたらしい。珍しくも普通に会話が成立している。あれだけ構われながら無視をするというのは、なかなか体力をつかうものだということだ。

「カッコ良かった?」
「そうだね勝ってたからね」
「好きになっちゃう??」
「それはない」

押せ押せの問答に、えーー、とそんな不満声を漏らす及川は、三春の隣で我関せずを貫く努力をしている松川へ時折視線をやりながら、けれど三春が比較的まともに会話してくれるこの機会を逃さないために必死だった。

  松川が三春のことに本腰を入れてから、まずやったのは及川への宣戦布告だった。
とある日の部活後、自主練終わりの3年しかいない部室のなかで、松川は及川へ向き合って、そういえばさ、と冠してからこう言った。

「俺、三春のこと本気になっちゃったから、及川はもうちょっかいかけないでね」

そう言った松川の真剣な表情と、及川の瞳を見開いた間抜け面とに、その勝敗が既に見えている気がして岩泉と花巻は深く深くため息を吐き出した。案の定、及川はそのあと大声で叫ぶわ、喚くわ、問い詰めるわでおおわらわ。松川もそうなるのは承知の上だったのか、それとも常々日頃から思っていたのか、及川の文句を悉く打ち返し、最後には撃沈させていた。

「う"ぅ…岩ぢゃん…」
「仕方ねーべ。お前、三春に色々言う割に、他の女子に告られても断らねーし」
「そうそう。それじゃあ、本気と思ってもらえなくなっても仕方ないでしょ」
「う"っ・・・」

最初は、岩泉と仲の良いのに嫉妬して、及川に彼女が出来たらどんな反応をするのか、見てみたいと思ったのが始まりだった。その1回目が、あまりにも無反応で、興味もなさそうで、気に入らなくて。それから意地になって来るもの拒まずな自覚は、及川にもあった。それから影山飛雄の件でなんやかんやと彼女とモメて、あまり会話もしてもらえなくなった頃には、もう色々と手遅れになっていたのだ。ここからどうすれば良いのか、及川にはもうずっと分からない。

それでも、三春が彼氏を作るようなことは今までなかったから。岩泉や松川との仲は良くても親友で、恋愛関係には発展していなかったから、どこかで安心していたのかもしれない。だから、松川に言われた言葉に、及川は、確かに焦ったのである。

  三春ちゃんが"頑張って"って言ってくれたら、次のリレー頑張れちゃうんだけどなあ」
「私が応援しないと頑張らないなんてふざけてんの及川」
「そういう訳じゃないけどさー」

三春と松川の様子は、一見するといつもと変わらない。彼女はクラスの女子よりも松川と一緒にいる事が多いし、実際、2人が付き合っているのだと思っている人も多い。けれどその内実は、気の合う友人兼、時折変な虫のつく互いに対する盾である。ある、はずなのだが。

「ね、まっつんも三春ちゃんの応援があったほうが嬉しいよね!?」
「まあね」

松川のポーカーフェイスのなんと上手いことか。ちょっかいを出してみても、変わることのない表情に内心ギリリとする。

「あーもー・・・仕方ないな、わかった」

及川と松川を見て、そう言ってため息を吐いた三春が、スッと2人の間から立ち上がって、パチッ、と両手で頬を叩いた。彼女の突然の行動に驚いて、何事かとまじまじと見つめる2人の肩に、彼女はポンッ、とそれぞれ手を置いて、そして。

  信じてるよ、お前ら」

いつもより少し、低い声。伏せられた瞳に、いつもの笑顔とは違う、僅かに浮かべる微笑。それだけで醸し出す雰囲気がガラリと変わって、全く別の人の顔を見ているような、そんな気になる。けれどそれは間違いなく三春で、そして  彼女はわざと、及川の"それ"を、真似たのだと分かる。

「ふふ。一度言ってみたかったんだよね、これ」

言葉の出ない2人に、彼女はスッと背を伸ばすといつもと変わらない笑顔を戻してクスリと笑った。その変わりようにやっぱり驚いて、けれど、彼女のその普段には分かりにくい才能を垣間見たような気がした。空気がガラリと変わるのだ。いつも、彼女の仕事の写真を見る時に思う、全く別人の空気を一瞬この肌身に感じて、そのあまりの衝撃に、何も言えなくなった。
そしてそんな2人を気にするでもなく、じゃあね一静、頑張ってね!と言い残して颯爽と去って行く三春の姿が離れたところで、及川は漸く止めていた息を吸い、そして一気に登ってきた熱を隠すために両手で顔を覆った。

「はああぁあぁぁぁ?何あれ可愛すぎでしょ!?」
「・・・」
「グワッと来たどころじゃないよー。やばいよー、何なのあれー」

ジタバタと悶える及川は、指の隙間からチラリと松川のほうを盗み見た。すると、流石の松川も先ほどの衝撃には勝てなかったのか、手の甲で口元を隠し、視線を泳がせていた。それを見て、あ、本当に好きなんだな、とあの時、部室では納得しきれなかったものを、妙なタイミングでスッと理解をしてしまった。

「・・・まっつん、勝つよ」

ふう、と一つ深呼吸をして、立ち上がる。奮い立てられたのは、一体何に対してだろう。

「おう」
「今なら岩ちゃんにだって勝てそう!!」
「あ"ぁ?やれるもんならやってみやがれ!」

その時たまたま通りかかった岩泉を指差してそう宣えば、いつものように怒鳴り返してくる。試合前のような不敵な笑みを湛えながら、及川は松川の背をバシッと一発叩いた。

  結果は、中々の奮闘を見せた松川・及川の甲斐もあって、アンカーであの岩泉と接戦を繰り広げた。まあ、その高い高い壁は流石に、超える事が出来なかったのだけれど。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -