佐吉と三献茶(元拍手)

これは、彼女が武将として名を上げ始めた頃の話だ。

「この白子めッ!!」
「バケモノが!そのような目で見るな!!」

ひとりの子供が、複数人に囲まれて一方的な攻撃を受けているのを見掛けた。眉を顰めて近くを通ると、加害者の子供達は大人の存在に気付きハッとしたような表情になりばらばらと散っていく。残された中心で蹲っていた子供の前に、彼女は膝をついたのだ。

「起きれるか?」
「私に触るなッッッ!!!」

けれどその子供は彼女の伸ばした手を振り払い、己が力のみで立ち上がって此方をその爛々とした瞳で睨み上げた。

「秀吉、」

大丈夫かいと彼女に声を掛けたが、振り払われた手をそのままに、彼女はその小さな子供に見入っていた。

「良い目だ」

フッと笑みを零す、彼女のそれに子供の瞳が見開かれる。驚きで硬直しているのを良い事に彼女は頬についた泥を拭ってやっていたが、先とは違い呆然としたままの子供はその手を振り払うのすら忘れてしまったようだった。



その子供との二度目の邂逅は、間を開ける事なく起こった。領地の端まで馬を走らせた帰途、そこまで無理をさせたつもりも無かったのだが、馬が調子を崩したらしく足並みが遅くなったのだ。

「少し休もうか」
「そうだな」

雨の降り出しそうな曇り空に、何処かで馬の休息と共に雨宿りをしようと見回すと近くに寺があり、そこを暫く借りる事にした。

「少し休ませていただきたいんだが」
「これはお武家様。ええ、ええ、構いません」

和尚に中に通され、少し話をしていると障子戸の端に子供がやってきた。

「茶をおもちしました」

頭を深く下げるその子供に見覚えがあった。この間の子供だと、気が付いて隣へ視線をずらせば彼女が口角を上げたのを目の端で捉える。その子供が静かな動作で差し出したその茶は、大きな椀に温く薄めに淹れてあり、一気に飲めてしまった後に喉が渇いていた事に気付かされたのだった。

「すまないが、もう一杯貰えるか」
「…かしこまりました」

先日のギラギラとした警戒の瞳には似つかわしくない、何もかもにも興味のないようなその振る舞い。けれど視線だけは、しっかりと此方を捉えているのが印象的で。その淡い緑は、その子供の一挙一動を面白そうに眺める彼女の瞳を真っ直ぐに射抜いていた。

「茶をおもちしました」

二杯目に持ってこられた茶は、先程の物よりは少しだけ小さめの椀に半分ほど、そして先程の物よりも少し熱く濃いめのものだった。それを飲んだ彼女は、一息ついて、そうして再度、

「度々申し訳ないんだが、もう一杯、貰えるか」
「かしこまりました」

子供は、文句も言わずにまたひとつ頷いた。

「あの、お武家様・・・?」
「気にしないでくれ」

和尚が不安そうに彼女を仰ぎ見るが、彼女はそんな和尚すら気にならないようで二度目に持たれた茶碗を指先で撫でている。今頃頭の中では様々な事が考え巡っているのだろう。



三度目に持ってこられた物は、とても小さな、そして高価そうな器に入った、熱く濃いものだった。丁寧に淹れられたそれに思わずホッと息を吐く。それをゆっくりと飲み干して、彼女は事の成り行きをどういう訳かと分からぬままに見送っていた和尚に向き直った。

「この子を、私にくれないか」
「・・・は、この子供をでございますか?!」

一瞬、何を言われたか分からないと言いたげにポカンとした表情を浮かべた和尚は、瞳を見開いている三成と笑みを浮かべた彼女とを見比べて、本当にこの子供を?!と慌てて視線を彷徨わせた。

「この子供以外にも、他に、」
「・・・この子に何か悪いところでも?」

彼女の、低い声がひびく。びくりと肩を震わせる和尚は彼女の声に何も言えなくなったのか縮こまってしまった。和尚ではもう話にならないと踏んで、彼女はその子供の前にあの時と同じように進み出て膝をついた。子供は、未だ呆然としていた。

「お前、名前は?」
「・・・佐吉」

和尚の慌てぶりや、その子供の驚きようからもこの子が今までこの寺でどういう扱いを受けて来たのかは容易に分かる。屹度その衣服の下には和尚にとっては立場上好ましくない痕がたくさん残っているのだろう。そういう扱いを受けてきたからこそ、その子供は未だ、己を求められたことを理解できずに硬直していた。

「佐吉。私は、お前の"目"が気に入った。鋭く物事の本質を真っ直ぐに射抜くような、その澄んだ透明な瞳だ」
「この、目が・・・?」
「そうだよ」

震える小さな手で、己の目元に触れるその子供に、彼女は蕩けるように甘やかな笑みを向けた。警戒は、もうどこかへ行ってしまったようだった。代わりに、初めて認められたであろう歓喜が、抑えられずに溢れ出ていた。

「私と共においで、佐吉」

その微笑みに、ひとつ頷いた子供を彼女は抱き上げる。そして話はついたと言わんばかりに、今度は甘さの何もない、けれど笑む形を作った顔で彼女は和尚へ向き直る。

「この子を私の小姓に召しあげる。良いな?」
「は、はい!」

その今度こそ覇気を交えた威圧に、逆らえる者など居るはずもない。



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