太閤様、酒に酔う02

「竹中ッッッ!!ちょっと来てくれねェか!!」

珍しく慌てた様子で、しかも成る可く謙遜している己のところへやって来た竜の右目に、半兵衛はこれは何かあったのだろうと、真剣な表情の彼に頷いて直ぐに後を追ったのだけれど。

「三成の我が儘が聞きたいな、私は」
「ぁ、っ・・・ぇ、」
「うん?ゆっくりで良いんだぞ?」

「・・・なんだい、これは」

半兵衛と小十郎が室に着いた時、三成は彼女に膝枕をされた状態だった。顔は言わずもがな真っ赤なまま、瞳を見開き涙を浮かべる彼を見て誰が凶王だなどと思おうか。普段の不敵さはなりを潜め、蕩けた笑顔を浮かべる彼女に半兵衛の声が低くなるのも仕方のないことだと思う。

「突然ああなったんだよ。酔ったんだろ」
「秀吉が?・・・あり得ない」
「Unbelievable. 俺とだって大して飲んでねェ。一番驚いたのは俺だ」

思わず否定をしても、状況は全く変わらない。目の前のものが只管真実を訴えてくる。
どうにかするしかないかと、溜息を吐いた半兵衛は室に入ると彼女達の傍へ膝をついた。

「三成君、ここは僕が預ろう。ご苦労だったね」
「は、半兵衛様・・・」

もう動けないほどに生気を吸い取られた三成を起こしてやると、腰が抜けたようにへたる彼を廊下の方へ出してやった。それを小十郎が更に呼んできた吉継が回収する。

「ヒヒッ、太閤に酒乱の気があったとは初めて知ったわ」
「僕もだよ。まさか彼女が酔うなんて、」

愉しげに笑う吉継に背中越しに言葉を返す。ぼんやりとしている彼女が、こちらへ顔を上げた。

「半兵衛・・・?」
「うん、秀吉。もう寝た方がいい」
「はんべ、」

ぎゅう、と首元に腕が回る。

「ひでよ、」
「半兵衛」

止めようと、名を呼ぶのすら遮られる。彼女は鼻先を半兵衛の首筋に擦り付けるようにして、そして何度もただ己の名を呼ぶ。

「半兵衛、」

はあ、と熱い息が吐き出されて、彼女の顔が斜め上を見上げて、驚いたように見下ろした半兵衛と視線が交わる。潤んだ瞳が、真っ直ぐに半兵衛を見つめていた。

「半兵衛」

拳ひとつ分程、そのくらいしか離れていないところに、彼女の顔があった。ゴクリと、生唾を飲み込んでしまっても、しょうがないであろうほどの、距離感。

「ん、」
「ひで・・・ん、」

そうして躊躇った半兵衛とは対照的に、彼女はハッキリと明確な意思でもって半兵衛の口を塞いだ。思わず瞳を見開いて、身体を押し返そうとするが彼女の腕が離れる事は無かった。

「っ、ん・・・」

ちゅ、ちゅ、と啄む音が響く。唇をペロリと舐められて、半兵衛はもうお手上げである。カタ、という微かな物音に廊下の方へ視線をやると、気を利かせたのかもうそこには誰も居なかった。

「ふぅ、んんっ?!」

そこから、じゃあもう良いよねと反撃に出た半兵衛。舌を絡ませ、逃げるのを追いすがるように捕まえて。

「秀吉、」
「ん・・・もっと」
「っ、君って人は、」

そこからは、まあ、言いはしないのだけれど。





「頭が痛い・・・」
「当たり前だろう、君のような"枠"が性格が変わるほど酔ったんだから」
「・・・」

翌朝、朧げながら何があったか覚えている彼女は、隣に寝ていた半兵衛にも特に驚くことなく起床した。まあ、色々な理由から褥から起き上がる事は出来ないのだが。

「前の晩に信玄公と謙信公が来てな、彼らに合わせて一晩越えたまま政宗と会ったから」
「・・・君、酒が入ったまま視察に行っていたのかい」
「あれくらいじゃ酔わない」
「酔ったじゃないか」
「でもあれは、夜の政宗との晩酌が留めで、」
「でもじゃない」

眉根を寄せた半兵衛が、彼女を押し倒すように上から捕らえる。昨夜の痕が少しはだけた鎖骨に色付いていて、半兵衛は仕置きをするように再度そこに歯を立てた。

「痛、」
「三成君が行く前は、政宗君に迫ろうとしていたそうじゃないか」
「嗚呼…あれは政宗の眼帯の事を聞こうかと、思ったからで」
「・・・それで政宗君に襲い返されたらどうするんだい」
「反撃を、」
「君は只でさえ酔っていて判断力が下がっていたんだ、遅れをとる可能性だってあっただろう。それに三成君だって、」
「・・・あれはやり過ぎたと、思ってる」
「そういう事じゃなくて」

できる事ならば、君を誰にも触らせたく無いんだ、と耳元で囁く、半兵衛の頭が肩に埋まる。その柔らかい癖毛を指で梳くように撫ぜると、覆い被さっていた半兵衛の身体が彼女の隣に転がった。

「こうして私に触れられるのは、半兵衛だけだろう?」
「・・・君は狡いね、秀吉」
「そうだよ。今知ったのか?」
「・・・いや、ずっと昔から知ってたさ」

そうやってクスクスと笑い合って、誰よりも近い距離で、暫く取り留めもない話を交わす。

何故、契ってしまわないのか。
何故、想いを言葉にしないのか。

二人の間には互いを想い合うだけではない様々が立っている。立場、情勢、身分、時間…それは立ち塞がっていると言っても良いくらい、二人を隔て、想いを押し込めさせるもの。だから、この胸の内に迫るものに名前を付けることは、とうの昔に辞めたのだ。
最期まで共に在るということ。
それが、二人の間の一番重要な事柄なのである。それが覆されないのであれば、互いを想い合っているという事が分かっているであれば、言葉なんて要らない。

「半兵衛」
「なんだい、秀吉」

慈しみを込めて、愛しみを籠めて。ただ、互いの名を呼ぶだけで良い。



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