秀吉と秀吉と

目が覚めたら、見知らぬところに寝転がっていた。

「ん・・・」

彼女が倒れていたのは何処かの城の縁側らしかった。まだ少し肌寒く、霞かかる春に入りたての頃。見覚えのない庭に、長く続く廊下。けれど何処か己が城に似た作りを持つその場所に、彼女は興味を引かれて立ち上がる。向かうは最上部、天守閣だ。





「誰だ」

やはり、其処は彼女の知るものとは諸々のところが違っていたけれど。けれど、その場所は確かに、大坂城天守閣であった。

「・・・お前と同じ"モノ"かな」

そして其処に居たのは、たぶん屹度。

「そうか」

侵入者の筈の彼女に特に何を言うでもなく、それだけ聞くと其処へ居た大男は再度深く腰を落ち着けた。彼女をどうこうする様子は無い。大方、彼も"彼女が何者なのか"を察しているのだろう。

「お前の城はどこか寒いな」
「貴様の城は違うと申すか」

この"秀吉"は、どんな男なのか。この男の治める大坂は、日ノ本はどんな国であるのか。此処へ登るまでの間に見たものは、強靭でいてどこか冷え切った、己の抱えるモノとは形の違う強さを持った大坂だった。屹度この大坂は強い。精錬された強さがあるだろう。単純な戦をすれば、己の抱える大坂では太刀打ち出来ないかもしれない。けれど、"戦"は戦場だけに非ず。こちらの意図、あちらの意図それを持った駆け引き。戦わずして納めることも出来るのだ。そういう意味で、彼女は己の大坂が負ける事などあり得ないと知っている。

「・・・貴様は、"強さ"とは何とする」
「そうだな・・・」

たぶん、己とこの男は根本的に考え方が違う。けれど、何処かを掛け違えていれば彼女が"こう"だったかもしれない。誰にも分からない、そして屹度そんな世界は無限に存在するのだろう。

「秀吉、次の小田原攻めのことなんだけど、」

どう答えたものかと思案しながら、互いが互いを静かに観察していた。如何して彼女は此処へ来てしまったのだろうか。
そんな中へ、聞き覚えのありすぎる、とてもとても馴染み深い声に呼びかけられる。二人は同時にそちらへ振り向いた。だって、それは己等が一番近くに置く者で、そして、己の名だったのだから。

「秀吉・・・、彼女は誰だい?」

"秀吉"に首を傾けて彼女の存在を問うた白い麗人・・・それは、己の大切な軍師だった。
けれど、どこからどう見ても彼は己の大切な軍師の筈なのに、そうではなくて。そして何よりも、

「・・・」

彼女は静かに"秀吉"を睨みつけた。その怒気は空気を伝わり、半兵衛にも届くほど。ぴくりと反応した彼を、"秀吉"が止めた。

「半兵衛、我はこの女と話がある・・・後でも良いか」
「・・・嗚呼、分かったよ」

渋々と、半兵衛が下がった室の中。彼女はその大きな体格を物ともせずに"秀吉"の胸倉を掴んだ。

「お前・・・あそこまで半兵衛を酷使して、一体何がしたいんだ」

彼女の怒りの理由はただ一つ。彼の軍師の顔色が、仮面でも隠しきれない不調が、その病が如実に見えるその様が、彼自身がそこまでしても"秀吉"に尽くしてしまう性であると分かっているからこそ口惜しい。この男も、それは分かっているはずだ。それが分かっていて何故、如何して無理矢理にでも休ませないのか。

「・・・既に、手は尽くした」

掴まれた胸倉もそのままに、"秀吉"はポツリとそう溢した。この男は己が鏡。"半兵衛"を大事に思っていない筈がなかった。それを、その苦しみ悔しさを理解すると、彼女は腕の力を抜いた。項垂れた頭が、その広い胸に落ちる。拳をひとつ、叩きつけた。

「・・・手遅れだって、言うのか」
「半兵衛もとうに療養を望んではいない」

彼女の知るものよりも、遥かに病状が進んでいた。その進行に目を配り、調子の悪そうな時には休ませ、九州に引っ張って行って療養させた己の軍師とは"同じだけれど違う"。分かっている、理解出来ている、けれど、分かっていても、その現実が辛い。己の大切な者が、何よりも大切な者が、

「秀吉ッ!!!」

そうして呼ばれた声は、

「半兵衛・・・」

"己の大切な軍師"だった。



半兵衛に引き寄せられて"秀吉"から離される。どこも何ともないか確認されながら、彼女はその目の前の男を確認するように手を伸ばした。

「・・・どうしたんだい、秀吉」

頼りない顔をしている自覚があった。不安に押し潰されそうになる事など初めてだった。何処までいっても半兵衛は己のものであると、病なぞにこの男をくれてやる積もりは無いと、ずっと思ってきた筈だった。それが、もしかしたらあったかもしれない世界を垣間見ただけでこんなにも震えるなんて。

「半兵衛、」
「ふふ、どうしたんだい本当に。君らしくないじゃないか」

嘗ての青白さの消え失せた頬に触れる。健康そうな色合いを取り戻したそれは、もう彼女を置いて行くことなどあり得ない。それを確認して、漸く呼吸が出来た気がした。

「・・・貴様の"半兵衛"は随分と甘いのだな」

女などにうつつを抜かしていると云う意味と、彼女を支える要であると云う意味と。そういう意味での"甘い"であった。どこか揶揄するようでいて、その実、どこか羨望の混じるそれ。

「私は私のものを手放さない。この強欲こそが私の"強さ"だ」

"強さ"とは何か。

「私は何も捨てはしない。全て拾い、全て抱えてみせる」

屹度この男は、何か大切なものを切り捨てたのだ。そして弱味を失くすようにして強さを求めた。それは確かに強いかもしれない。何を受けても痛くも無いと、けれど己の内側がいつか悲鳴を上げるだろう。

「何故」

屹度この男は、この世に幻想を抱いているのだろう。手に入れれば報われるなど、そんなモノは実際にはどこにも無い事を屹度まだ知らない。登り詰めた頂きには何も無いという事を、屹度まだ、知らないのだろう。

「一人で生きていけるほど、この世は単純でも優しくもないからだよ、秀吉」

語り掛けるように、その名を紡ぐと直ぐ隣にいた半兵衛がピクリと震えた。

「ちょっと待ってくれ・・・じゃあ此処はやはり大坂なのかい?」
「嗚呼、私達の大坂とは別の大坂だ」

どうやら半兵衛も城の中で目を覚ましたらしく、その見覚えのあるようでいて無い様子に訝りながら天守へ上がってきたらしい。そしてそこには彼女が居た、という。

「一体何が、「イエヤスウゥゥゥゥッッッ!!!」・・・これは"どっちの"三成君なのかな」
「ふふ・・・会いに行ってみるか」

聞き慣れた雄叫びに、クスクスと喉を震わせる。そういえば、"豊臣秀吉"というものを崇拝している彼にとって、この"二人の秀吉"は一体どういう風に映るのだろうか。

「秀吉」
「何だ」
「お前の大坂を少し見せてもらう」
「・・・好きにしろ」

何処か、不貞腐れたような。その表情は兎に角何を考えているのか分かりづらいのだけれど。けれど何処か不満そうでも好きにさせてくれるあたり、この男も己をよく分かってしまうらしい。何だか双子の弟でも出来たような心地だった。




二万打リクエスト、もし原作に彼女等がトリップしたら。三成達まで出せなかった・・・余裕があれば続きを書きたいです。



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