東の話

一方、三河は徳川の地。各地の武将達が彼女の噂の真偽に頭を悩ませている中、その彼女当人から日ノ本の東半分を任されていた家康は、その余りの政務の量に目を回しながらも城に篭りきりになっていた。そうまでせねば終わらないのだ。彼女と彼女の軍師は今まで、これに加えて西側、そして他国からの謁見や視察、南蛮との貿易まで捌いていた。改めて、彼女らの偉大さを感じるに至るのだが。

「やはり・・・秀吉公は大きいな、忠勝」

彼女の不在を重く辛く受け止めているのは、何も君子殉教・石田三成だけではなかった。



家康は、竹千代だった嘗て、たらい回しにされる幼少期を送っている。
歳三つにして母と離され、今川へ人質に出されたかと思えば父の家臣の裏切りによって織田へ売られ、殺されるかと思ったが何とか生き繋ぎ、実父の死に目にも会えず、今川と織田の人質交換に巻き込まれ・・・人質生活が長く続く中で、子の受けられる愛情というものを殆んど知らずに育ったと言っても良い。
そして巡り巡った先に三河の家臣達の協力を得て何とか立て直した頃、同盟国という名目ではあるが、まだ不安定だった三河は下るような形で豊臣についた。けれど臣下としての礼をとった家康に、彼女は主君として以上に優しく接してくれた。
それは彼女ならではの誰しもに対するもの以上、家康がまだ幼かったことも相まって、彼女の子飼い等と同等に扱われ、それは母親からの愛情似た、慈愛に充ち満ちたあたたかいものだった。幼い竹千代を導き、家康となった時も、槍を捨て拳で戦い、婆娑羅が光へ変わった時も。彼女は母として、姉として、師として、そして主君として、家康の心を支えて守ってくれたのだ。
だから、というと、まるで愛に飢えているようだけれど。
けれどたぶん、三成が彼女に向けているようなものと限りなく近いものを、彼女へ向けているのだろうという自覚が、家康にはあった。尊敬、傾倒、心酔、崇拝・・・言葉にすれば三成のそれと一括りになってしまうそれは、彼のそれとは少し違う形に歪んで、彼女に向いている。三成のように、依存の気があるのは今初めて分かったことだけれど。その事実を今、よくよく思い知っている。
彼女が居ないだけで、こんな。

「…秀吉公に、会いたいなあ」

出来ない願いだと、分かってはいるけれど。





さて。
政務にばかり気を取られていた家康は、この太閤不在の影で蠢めくいくつかの企みに気付くのが遅れてしまった。奥州からやって来た伊達政宗と片倉小十郎、四国からやって来た長曾我部元親と前田慶次が、どういう訳だか家康の居城・岡崎城にやって来たのだ。
やんややんやと騒ぐ彼等の話を聞けば、何やら西側諸国が石田三成を頭に徒党を組んで、徳川を潰そうとしているだとか。真田幸村は西に付いているから好敵手である伊達は此方についてやるだとか、毛利と戦うために長曾我部は徳川に味方するだとか。三成がこんな時にそんな事を企てる筈が無いと言っても、そうだとしても彼方には大谷吉継に毛利元就がついており、三成は立てられ煽てられるまま、西を率いてやって来るだろうというのが彼等の言い分であった。

「そうは言ってもなあ・・・」
「家康!いま三成はまともじゃない!止められるのはお前だけだろう?!」

過去にない程の剣幕の慶次に、どうしてそんなに必死になっているのかと尋ねようにも、必死過ぎて聞くに聞けず。まあ三成が何かにつけて家康に対し怒りの矛先を向けてしまうのはよくある事だからと、渋々頷いたのだった。



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