魔王と太閤様

「お、織田ッ、信長・・・!!!」

案の定、大きな声を出してしまった幸村は、まるで舞台の手本のような見事な後退りを見せた後、にっこりと微笑む彼女に頬をむんずと掴まれた。

「幸村、私との約束、覚えているか?」

笑顔の裏に潜んだ威圧。彼女の方が背が低く、下から見上げるようにしか凄むことが出来ないにも関わらず、どうしてこうも彼女は大きく見えるのか。幸村はその恐ろしいまでの覇者の風格に有無を言わずに頷いた。もっとも、口は彼女の手によって窄まってしまっているので声を発することは出来なかったからなのだが。

「ああああ太閤サン、その辺で勘弁してあげて・・・!」

慌てた佐助の仲裁で、パッと手を放した彼女は幸村の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「ま、説明してなかったのは私なんだがな」

くすりと笑った彼女に頬が熱くなる。

(はれんち・・・)

叫ばなくなっただけ成長したと思ってほしい。





「それで、なんで織田軍の皆サンが生きてるのか、説明してもらっても良いかな太閤サマ」

上座に信長、濃姫、そして秀吉。奥に座ったままだった彼らは席を譲ろうとしたのだが、ここはお前の屋敷なんだから構わないと秀吉が断ったのだ。そこからも、まあ大まかな関係は見えているのだが。

「ん?簡単な事だよ。安土の戦の後、拾ってきた」

忍の顔で下座から緊張した面持ちでもって尋ねた佐助に、彼女はにっこりと微笑んでそう答えた。あっけらかんとした様に、暫し室内を沈黙が支配した。

「・・・貴女、それでは何もわかりませんよ」

何てつっこんだら良いものか。佐助が内心頭を抱えていた中で、その沈黙を破ってあろうことか言いたかったことまでもを代弁してくれたのは、先から一番警戒を向けていた死神だった。

「でもそれが事実じゃん」
「事実じゃん、じゃありませんよ。そもそもお歳を考えて言葉を選んではいかがですか」

さらりと発言されたそれに、彼女が一瞬かちりと固まる。数秒の間の後、笑みを深くして何も聞かなかったかのように彼女は再び話し出した。

「・・・私は信長が天下布武を唱える前から少し親交があってな。ちょっとトチ狂って魔王みたいになってたけど、少し落ち着けばただの愛妻家だって知ってたからさ。悪いことして痛い目みたところで、命まで落とさなくてもいいんじゃないかなと思ってたわけ」
「あの戦の後に、助け出したってわけ・・・?」
「そう。お前らがドンパチやってる時には中で時を待ってた。流石に城が潰れかけた時は焦ったけど・・・先に濃や市を回収して、鬨が上がって同盟軍が帰った後に安土に戻って信長を掘り返して、本能寺で光秀を拾って・・・って感じ?」

唖然。
開いた口が塞がらないとはこの事か。忍である佐助は、どんなことにも表情が変わらないように訓練されている(まあ存外佐助は表情豊かであるのだが)にも関わらず、驚愕を隠すことが不可能であった。そんな無茶苦茶があり得るのだろうか・・・いや、ここに確かにあり得ているのだけれど。

「目を覚ました時は驚きましたよ。こんなか細く見える女に大の男二人・・・しかも信長公は大男、それが軽々と運ばれてしまっていたんですから」
「あれはちょっと重かったなあ」
「フン・・・是非も無し」

扱いはだいぶ雑でしたけど、と言いながら彼女ににっこりと微笑まれて僅かに冷や汗を垂らす明智光秀に、物言いは不遜なれどかつてより穏やかに見える織田信長に、うっそりと微笑む濃姫。会い見え、そして倒すべき相手として戦った時とは異なる表情を見せる彼らに、幸村はただただ黙って見入っていた。これが、彼女がつくった“戦のない日ノ本”であるのだと。
そんな幸村を見て、秀吉は優しく瞳を細めていた。





「・・・兄様、秀吉様が来ているって、ほんとう・・・?」

なんだかんだであっちこっちで会話が繰り広げられる中、秀吉がスッと襖の方に視線を投げる。その直後に聞こえたひっそりとした声に彼女は微笑んで、信長に入室を許されてしずしずと歩み寄って来る市を笑顔で迎えた。

「久しぶりだね市」
「秀吉様、会いたかった・・・」

近くに座るを通り越してぎゅうと抱き付く市の様子に、幸村と佐助は驚いた。あまり他人に懐かない(こういう言い方をすると彼女がまるで犬猫のようであるが)お市の方が、顔を見るなり抱き付くとは。織田勢は見慣れているのか小さく溜息を吐くばかりである。

「今回はいつまでいるの・・・?」
「今日はもう帰るんだ。あんまり長く時間がとれなくてね」
「そう・・・次はお泊りしてね、約束よ」
「わかった」

幼子が母に甘えるかの如く、彼女の傍を離れようとしない市の頭を撫でる彼女。それを羨ましいと思ってしまい、幸村は己を叱咤する。

(はれんち・・・!)

口に出してはいないのだから、そろそろ本当に褒めて貰っても良いのではないか。





「じゃあ、また来るな」
「お待ちしておりますよ、秀吉公」
「秀吉様、またね・・・」

総出で見送りとは、ここへ来て何度目かの驚愕に佐助はもう疲れ果てていた。安土に程近い山奥の、人里離れた大屋敷。忍の飛び回る抜け道とは外れるように計算されたこんなところに、よもやこんな大物達が匿われているとは。本当に、彼女には何度肝を抜かれるのだろうか。

「秀吉。近頃、鳥が騒々しい」
「・・・そうか。私も見に行ってみよう」

去り際、彼女の背に信長が呼びかける。顔だけ振り返り、不敵に笑った彼女が僅かに瞳を光らせたのを、幸村は見逃さなかった。



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