「頼もーッ!!!」
「ちょ、旦那・・・」
ある朗らかな、雪解けと春の息吹の感じられつつある日にその真っ赤な男はにこにことしながら大坂城の門を叩いた。
「・・・どうした幸村、なにその荷物」
「おお秀吉殿!!某、お館様からこの文を預かって参ったでござる!」
そう言って差し出されたる書状を受け取る。全然話が見えないけれど、何やら虎若子の背には大量の荷が背負われており、なんだ家出でもしたのかという様相を呈しているのだ。いつも脇でツッコミに回っている保護者は今日は既にどんよりと肩を落としており、この事態の弁明を求めるにも聞くに聞けない様子であった。
「・・・猿飛、大丈夫か?」
「うん・・・とりあえずそれ読んでよ太閤サマ、俺様もう疲れた・・・」
まあ座れ?と不憫な忍に座布団を出してやり、三成に人数分の茶を頼んだ。信玄からの書状の内容を要約すると、こうである。
“幸村を勉強させたいので、大坂に暫く預けることにした!保護者もつけとくから、問題ないっしょ?いいよね?もう出したから!”
こんなに軽い口調で書いてあるわけでは決してないのだが、端々から感じられる雰囲気(南蛮語ではニュアンスという)から、そういう風に彼女は受け取った。かなり非常識なお達しであるので、常識人の保護者の忍が肩を落としているのにも頷ける。ここは彼の心労と胃痛の軽減の為に、快く受け入れてやろうではないか。まあ、それでなくても幸村に政を学ばせることに予てから賛成していた秀吉にとって、断る理由など無いのだけれど。
「三成、紙と筆もってきて」
「はっ」
彼の淹れてくれた美味しいお茶を堪能しつつ、項垂れたままの佐助の頭を無言で撫でる。
「まあ、こっちにいる間はなんかあったら来なよ。話聞いてやるから」
「・・・アンタ、良いひとだよね…」
こっくり頷いた彼は、漸く一息つくのだった。
*
「よし、じゃあ幸村は部屋案内するからおいで。佐助はこれ信玄殿に届けてきて」
「かたじけのうござるっ!」
「はいはいっと。旦那、良い子にしてるんだよー」
ぬるりと床に開いた闇色の穴の中に消える佐助を見送って、尻尾の生えている幸村を連れる。どこにしようか、開いている棟はあったかなと考えていると、直ぐ傍に控えていた三成が口を開く。
「秀吉様、子飼い衆の隣の棟がひとつ空いております」
「ああそうか!そうだね。そこでいっか」
ありがとう三成、と尖がった前髪をわしゃわしゃと撫でれば頬を赤く染める彼は、有り難きしあわせ、と小さく呟いて俯く。すぐ照れるんだからとくすくすと笑いながら、幸村に城の中を案内する。
「道場はあっち、鍛錬するなら此処かな。井戸はあそこ。そんで幸村の棟はここな」
うん、うん、と頷いているが、そう簡単には覚えられないんだろうなあと苦笑する。まあ佐助がいるから大丈夫だろうけれど。
「何か困ったら隣の棟の三成や吉継を頼ると良いよ。私が子飼い衆の中で一番頼りにしている二人だからね」
「秀吉様ッ・・・!!」
感極まれりといった様子の彼は、いっそのこと無視をすることにした。