これにて大団円

通された部屋の奥、中央の席は空いたままで暫く待ってくれと言われたが、待てど暮らせどその席が埋まることは無く、その空席の横に座る軍師のチクチクと棘のある言葉をずっと聴き続けているのにも飽いて、彼の話は右から左へと流しながら政宗は開け放たれた縁側の外を眺めていた。手入れのされた其処は、客人をもてなすのに相応しく季節ごとに花が咲くようになっているのだろう。樹木の花が目立つのは、城主の趣味なのだろうか。蝋梅の黄色が、常緑の葉や枯れ枝ばかりの庭に彩りを添えていた。
そんな視界の中に、紅色が飛び込む。足早に廊下を進む彼女は、戦場で見るよりは幾分か女らしい格好をしていた。視線に気づいたのだろう、目が合うと不敵に微笑む彼女は、成る程、己を下したに相応しい威風を纏っていると今なら素直に呑み込むことができた。

「やっとお出ましか。待ちくたびれたぜ」
「随分待たせてしまったようで申し訳なかったね。何分、ついさっき君達が来たことを知らされたものだから」

奥から入ってくるのかと思えば、政宗が眺めていた縁側の方から回ってきた彼女は上座に用意された席ではなく、政宗の目の前に座した。その背後に紫色した背の高い男を従えて、視線を伏せたままのソイツは奥に座る軍師の後ろに控えた。
彼女は一瞬半兵衛に視線を走らせて、そのままスイ、と逸らす。僅かに瞳を見開く軍師が面白い。わざと彼女に知らせなかったのだろう、お怒りでも何でも買えばいいのだ。

「それ、まだ治んねぇのか」

目の前に座る女の頬に貼られた布は、政宗が先の戦でつけた刀傷であろう。女の顔に傷をつけてしまったことは、いくら気が高ぶっていたとはいえ不遜な独眼竜とて反省している事柄であるのだ。

「三成、動くな。・・・嗚呼、これか。傷跡を見ると喚くのがいるんだ。だから消えるまで隠しているだけさ。心配しなくても、そんなに目立つ跡じゃない」

あっけらかんと笑った彼女の後ろで軍師が盛大に眉根を寄せ、そしてその更に後ろに控える彼女と共に入ってきた男は話している相手がその傷をつけた政宗だと分かるなり飛びかからん勢いで此方を睨みつけている。こいつらがその喚くヤツなのだろう。彼女の命令は絶対な様子の後者は血管がブチ切れそうな勢いである。苦笑している彼女は仕方が無いといったように席を立ち、政宗を睨みつけたままの男の傍に膝を付く。それに男が焦ったように顔を上げた。

「三成、今朝も見せただろう。大丈夫だ、もう少しで消える」
「しかしッ、傷をつけたという事実は…ッ」
「私が油断して負った傷だ。政宗は悪くないよ。それに彼はもう身内なんだ。私は喧嘩は好きではないよ」

宥める為か、膝の上で硬く握り締められた拳に手を添えて話す彼女は、落ち着いた静音で、けれどハッキリと言葉を並べる。猛犬のような男はそれだけでしゅるしゅると怒気を収め、けれど心配だと言わんばかりに彼女に縋る。

「三成、先に部屋に戻っておいで。この話が終わったらまたきちんとお前の見ている前で休むから」
「しかし、」
「此処には半兵衛もいるし、すぐに信玄殿も来るから大丈夫だよ」

そう言って頭を撫で、微笑む彼女に促されるようにして渋々と頷くと、失礼します、と綺麗に頭を下げて猛犬は部屋を後にした。

「…アンタは周りが厄介すぎるな」
「違いない。みんな過保護が過ぎるんだ」

嫌そうな言葉の割に、表情は柔らかかったが。

「失礼するぞ」

そこに、入れ替わるようにして低い声を響かせて入ってくるのは甲斐の虎、武田信玄とその若子と保護者の忍。

「信玄殿、待たせてしまってすまなかったね」
「いや、気にするでない。お主に非はないじゃろうて」

政宗たちと彼女の間に入るように横向きに座った彼らは、先の彼女の言葉の通り、どうやらこの会談に同席することになっていたらしい。信玄の恨めしげな視線がチラリと半兵衛を捉え、それに苦笑する彼女の横で知らぬとばかりに顔を背けている軍師は思ったよりも扱いやすいのかもしれなかった。

「半兵衛、」
「僕は謝らないよ。そもそも君だってもう暫く休んでいればよかったんだ」
「もう十分休んだだろう」
「倒れた分際でそういうことを言っても説得力に欠けるよ」

己の軍師を咎めるように顔を向けて、彼女はやっと半兵衛と口をきいた。















「ってなわけで、私のやりたいことは大体わかってもらえたか?」
「ああ。元から小十郎に聞いてたしな。まさか、本当にアンタがこんな女だったとはこの目で見るまで半信半疑だったが」

日ノ本全てを纏め上げてしまった彼女は、その思想を話して聞かせ、今後の方針も幾らか聞かせてくれた。戦で負けた政宗には元よりそれに不服を唱える権限など無いし、そもそも不服などは見当たらなかったのだが。贅沢を言わせて貰えれば虎若子との決着をつけたかったが、それは各々個人でやれ兵を巻き込むなと釘を刺されている。

「当たり前だろう、私は自分の身内にしか優しくできないんだ」

そう言って微笑むその視線が柔らかく優しい。身内に向けられるそれに、くすぐったさを感じて視線を逸らしてしまうのはしょうがないことだろう。慣れなきゃだめなのか、これは。

「お前のところにも今度遊びに行かせてもらおう。奥州の治政、私に勉強させてくれ」

くすくすと笑いながらそう言って、政宗の傍に控える小十郎にも視線をやって、満足気にしている彼女。ああそうか、これはとんでもない人誑しなのだと、彼女の真髄をそこに見た気がして政宗は敵わないと歯向かいたがる自尊心に匙を投げた。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -