すずめ、はじめてすくう

「ねぇ、聞いた?今日は厩で馬の世話をしてたんだって」
「この間の畑の時も思ったけど、あのひと、汚れ仕事が好きなわけ?」
「ほんとに名のある武将だったのかな。全盛期の武士って畑仕事とかできなさそう」

ひそひそひそ。
秘めやかな囁き声の応酬は、本丸の隅、奥の日の当たらない部屋から聞こえてくる。漏れ出る声は酷く小さく、その断片を小耳に挟み、意識があって存外元気そうだということが分かるのみ。奥の彼らは、最初に手入れを受けた後から引きこもってしまって、表に顔を出す事はない。

「でも料理はさ、ちょっと武将っぽいよね」
「大雑把な感じが?」
「ふふ……うん、そう。おいしいけど、ガッと切って、投げ込んで作ってそうな感じが」

くすくすくす。
近頃は、楽しげにころころと笑う声も聞こえるから、きっと、悪い状態ではないのだろう。彼女を受け入れるか、近付くか、関わらないようにするか、傍に在りたいと望むのか。そういうところを誰も強制したりしないので、彼らのように遠くから様子を伺っているものは結構多い。三日月宗近に粟田口の一部、燭台切光忠、にっかり青江、そこに時々三条の刀と大太刀と小夜左文字が彼女の周りであれやこれやと関わるようになったが、それ以外の刀等は未だその存在を遠巻きにしていた。その真意を慎重に読み取ろうとしている、とも言える。
彼女は"審神者"では無く、此方とは違う世から来た、此方のことは何も知らない、"元人間"なのだという。刀剣達の傷を癒し、瘴気に塗れた本丸を浄化し、悍ましい前の審神者の痕跡を拭い去ってはいるものの、積極的に刀剣達の"主"となろうとはしていない、というが、実際のところ数振りは既に彼女のことを"主"と呼ぶものもいる。そのあまりの素早さに驚いた刀剣達は多く、彼女に対する疑念は未だ燻ったままだった。
三日月宗近がそう求めたから、ただただ刀剣達をたすけるために来たのだという、その言葉を手放しで信じられたりはしない。ましてやそれを直接聞いた訳ではないのであれば尚のこと。上手いこと甘言を囁いて、我々を好きなように丸めこももうとしているのでは?そんな不安が付き纏う。ただ、それでも、彼女が仕える相手として魅力的な存在であろうということは、日々を過ごす内に理解せざるを得なかった。
そんなものが手を伸ばせば届く距離に在るものだから、戯れに傍寄って、触れたりなどしてみたらその温もりから離れられなくなってしまったもの達数振りが、憎しみや猜疑心から解き放たれて、彼女を前に口上を述べ、"主"と慕いはじめている  それを羨ましいだなんて、思ってはいない。いけないのだ。

「あのひと、最近は本ばかり読んでいるんだって」
「三日月宗近がこっちの歴史を教えてるらしいね」
「三日月って、幕末のあたりのことは話せるんだっけ?」
「あれ、その頃って確か・・・」

こんな奥まった部屋まで彼女の最近の動向を届けてくれるのは、時折偵察のようにあのひとと関わる刀剣達と話をしに行く和泉守と堀川の2人だった。厨に食事を取りに行く時に聞く燭台切光忠の話し振りや、鈍る身体を動かす為にと鍛練場へ行った時に聞く岩融や今剣の話を掻い摘んで、遠目に眺める彼女の姿について皆で話す。あんなことをしていた、こんなことをしていた、今日は宗三左文字までが出てきていたようだ  そんなふうに、少しずつ少しずつ情報を整理しながら、彼等は慎重に彼女を観察していた。特に加州清光は、彼女に対する不安と人間に対する恐怖と前の主に対する複雑な想いをぐるぐると抱えながらも、僅かな期待を捨てきれず、彼女の様子をよく知りたがった。大和守は、そんな加州に付き合いながら、冷静に今の状況を考えていた。

「三日月さんってその頃たしか、所在不明じゃなかった?」
「幕末の、俺達の時代をふんわりと終わらせられたらどうしよう」
「流石にんなこたァねぇだろ」

あのひとは、遠巻きに様子を伺う俺達の事に気が付いている。気が付いていながらその数多の視線を受け入れている。だから、いま見えている様子だけがあのひとのすべてだとはどうしても思えなかった。もっときっと、何か裏があるに違いない。そんな思いが、頭の片隅から消えてくれない。

「お、俺達が教えてあげた方が良くない・・・?」
「馬鹿、まだそこまでする必要ないだろ。それに幕末なら粟田口の短刀に話せるのがいるよ」
「う"っ、うん・・・そう?」

清光は、もうあのひとに対する期待を抑えられなくなってきている。今度こそ、あのひとなら愛してくれるかも  そんな期待を打ち砕かれるような事があってはならない。いくら手入れを受けたからって、そんな事があったら心の方が壊れてしまう。
だからそうならない為に、出来ることはやっておかなくては。
そんなふうに大和守が決意を固めている事を、この目の前の昔馴染みは気が付かない。堀川あたりは、勘づいているかもしれないけれど。



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